- オイノピア(アイギナ)島に蔓延する恐ろしい疫病
- 恐ろしい疫病、人々を殺しつくす
- 「おお、ユピテルよ!」祈るアイアコス王
※神の名前は、ローマ神話名(ギリシャ神話名)です。
アイギナ島に蔓延する恐ろしい疫病
アイアコス王は、アテナイの使者ケパロスに語ります。
「このアイギナ島に恐ろしい疫病が蔓延したのです。はじめは、それが大神ユピテル(ゼウス)の妃ユノ(ヘラ)によるとはわかりませんでした。医術は、無力でした。思い出すだけでも、ゾッとします。
濃いもやがこの島に立ち込めました。気力も萎えるような熱気と湿気。2ヶ月ほど経つと、焼けるような南風が死の熱風を吹きつけました。湖、河川、田畑に病毒がまきちらかれ、無数の蛇が這いまわっていました。
鳥は空から落ち、犬はうずくまり、羊や山羊、牛や馬はやせ衰え死んでいきます。森も、野原も、道にも死体がころがり、それらは溶け崩れて、大気は悪臭で満ちました」
※クレタでは「オイノピア」と呼び、アイアコス王は「アイギナ(母の名前)」と呼んでいます。
恐ろしい疫病、人々を殺しつくす
「とうとう、疫病は人間たちにも襲いかかります。ぜいぜいと口はあえぎ、体は赤らみ、内臓が焼きただれます。もう寝ていることもできない熱さです。地面に体を押しつけ、土に冷やしてもらおうとしても、その土が体温で熱くなるのです。
泉や河川、水があるところに、人々は押しよせます。しかし、水を飲んでも渇きはおさまらず、水の中で死んでいきます。この島のいたるところに、死神がその鎌を振りつづけているのです。
医者は心をこめて治療しても、疫病はその医者をも襲うのです。その時、わたしは民たちのあとを追って死にたいと思いました。それ以外の道などなかったからです。
あそこに見えるユピテル(ゼウス)の神殿が見えるでしょう。あの祭壇の前で、どれだけの父、母、子たちが祈りを唱えながら命を終えたことか! 悲しいことに、葬儀をおこなう者もおりません。死体は、地上に転がっているだけです。
また、引かれてきた犠牲の雄牛も捧げる前に死んでいきます。わたしもユピテルの供儀を行っているうちに、犠牲の牛は倒れます。まだ、刃を打ち下ろす前にです。当然、内臓は病に犯されて、そこから神意を読み取ることはできません」
「おお、ユピテルよ!」祈るアイアコス王
「わたしはどうすることもできず、叫びました。
『おお、ユピテル(ゼウス)よ、アソポスの娘アイギナと抱擁を交わされたというのが偽りでなければ、わたしの父であることを恥とされないのなら、民たちを返してください。でなければ、わたしに死をお与えください』
ユピテルは稲妻と雷鳴によって、徴(しるし)を与えてくださいました」