- ヘクトルと並び称されていたはずのトロイアの王子アイサコス
- 河神ケブレンの娘ヘスペリエ
- 崖から身を投げ、潜水鳥に変身したアイサコス
※神の名前は、ローマ神話名(ギリシャ神話名)です。
ヘクトルと並ぶトロイアの王子アイサコス
潜水鳥=アビ?
「ほれ、海の上を飛んでいる鳥が見えるだろう。あれはもとをただせば、王族の出なのだ」
トロイアの王族をたどると、イロスにアッサラコス、ユピテル(ゼウス)にさらわれたガニュメデス、ラオメドンと続き、、トロイア滅亡時の王がプリアモスです。プリアモスには多くの息子と娘がいましたが、中でも有名な王子がヘクトルとパリスです。この二人の母はヘカベです。
ヘクトルはトロイア戦争の一番の英雄と言われていますが、もしプリアモスの息子アイサコスが数奇な運命にあっていなければ、ヘクトルと並び称されていたことでしょう。
アイサコスの母は河神グラニコスの娘アレクシロエ(あるいはメロプスの娘アリスペ)と言われ、イダ山の森で生まれました。彼は都会やきらびやかな宮殿を嫌い、へんぴな山や田園に住んでいました。また、トロイア人の集まりにも出ることはありませんでした。
しかし、アイサコスは野暮な人間ではありませんでした。恋も寄せ付けぬと言うことはありません。彼は河神ケブレンの娘ヘスペリエをものにしようと、森から森へと彼女を追いかけていたのです。
河神ケブレンの娘ヘスペリエ
髪を乾かしているヘスペリエとアイサコス
ある日、アイサコスはヘスペリエが父河神の堤に座って髪を乾かしているところを見つけました。彼に気づいたヘスペリエは逃げ出しました。アイサコスは追いかけます。まるで、アポロンとダプネーのようです。
その時、草むらに隠れていたヘビがヘスペリエの足を毒牙にかけたのです。毒が回って彼女は足を止めると、そのまま死んでしまいました。
アイアコスはヘスペリエを抱き抱えると、
「きみを追いかけたのがいけなかった! こんなことになるなんて、思ってもみなかった。こんな代価を払ってまで、きみをものにしようとすることはなかった。ぼくとヘビの両方がきみを死に追いやってしまった。でも、ぼくの方が罪は重い。ぼくも死んで罪をつくなおう」
と、大声で叫びました。そのすぐ後、彼は切り立った崖を登っていきました。
アイアコスは毒蛇に噛まれるヘスペリエ
崖から身を投げるアイサコス
ヘスペリエを死なせたアイアコスは、崖から身を投げました。
しかし、彼を哀れんだ海の女神テティス(アキレウスの母)が、落ちてくる彼の体を受け止めたのです。そして、波に漂う彼の体を羽毛で覆いました。こうして、彼は死ぬことができなかったのです。
アイアコスは腹を立てました。生きたくない—魂がその肉体を離れようとする者が生きることを、強いられたからです。
彼は生えたばかりの翼で空高く舞い上がると、またもや海に身を投げました。しかし、羽毛が落下の勢いを弱めてしまいます。そのためさらに怒り狂い、今度は海中深くもぐって死のうとしました。
死への思いから、アイアコスはどんどん痩せていきました。脚はひょろ長く、首も伸びていきます。そして、また海中に潜ります。そう、彼は潜水鳥に変身したのでした。
アイアコスを受け止める女神テティス