- ケユクス王、エーゲ海で嵐にあい遭難する
- 女神ユノ(ヘラ)、虹の神イーリスを夢の神の館に送る
- 眠りの神ヒュプノスの館※神の名前は、ローマ神話名(ギリシャ神話名)です。
ケユクス王、エーゲ海で嵐にあい遭難する
エーゲ海の半ばまで航海してきたケユクス一行でしたが、次第に目的地である東からの風と雨が強くなってきました。夜になると、もはや船員同士の連絡も聞こえなくなるほど、風と雨が激しくなりました。それでも、船員たちは水をかき出したり、帆を下ろしたりしはじめました。
風で高くもり上がった波は船を持ち上げると、すぐの海面にたたきつけます。船の背骨ともいうべき竜骨がメリメリと音を立てます。風と波で、船は右に左に大きく揺れます。呆然とする船員たち。もはや襲ってくる波は、「黒い死」そのものです。船のマストは折れ、舵も壊れてしまいました。
その後、高い波の一撃で、とうとう船は海底に沈みました。ほとんどの船員たちは死に、生きている者は砕けた板にしがみついています。ケユクス王もその一人で、『明けの明星』である父と妻の父である『風神』に助けをこいました。
しかし、神々は助けてはくれません。ケユクス王はアルキュオネを思い、彼女の名を何度も口にしました。いつしか彼の姿は波の間に消えていたのです。
ケユクス王の遭難
女神ユノ(ヘラ)と虹の神イーリス
ケユクス王の遭難を知らないアルキュオネは、夫の帰りを指折り待っていました。そして、帰ってきたときに着る夫と自分の衣装をこ作り、神々にも祈りを捧げていました。とりわけ女神ユノ(ヘラ)の祭壇には、足しげく通っていたのです。
「どうか夫を無事に帰らしてください。そして、ほかの女に心を奪われないようにもしてください」
ところで、女神ユノはすでに死んだ者のために、祈られるのが我慢ならなくなってきました。
「イーリスよ、眠りの神ヒュプノスの館に行って、アルキュオネに死んだ夫ケユクスの幻を夢に見させ、ことの真相を知らせなさい」
虹の神イーリスはすぐにも大空に弧を描いて、眠りの神ヒュプノスの館に出発しました。
ケユクス王の無事を祈るアルキュオネ
※上の絵には、虹の神イーリスやベッドの中のアルキュオネとそばに立っているモルペウスも描かれています。このように異なる時間のできごとを一枚の絵に描くことを異時同図法といいます。
眠りの神ヒュプノスの館
眠りの神ヒュプノスの館は洞窟の中にあり、朝も、昼も、午後も日が射すことはありません。いつも霧が立ちこめているような、薄明の中にあります。また、動物の鳴き声も、樹々の葉のすれあう音もない静寂に包まれています。ただ、岩の底からは「忘却」の流れが湧き出していて、小川の小石の上をさらさらと流れています。
館の中央には、コクタンでできた高い寝台がおかれ、黒い掛布でおおわれています。その上でヒュプノスは気だるそうに手足を伸ばし、まどろんでいます。彼のまわりには、おびただしい夢の幻影も立ち昇っています。虹の神イーリスが夢の幻影を押しのけると、目を覚ましたヒュプノスが女神に用向きを尋ねます。
「穏やかで心の安らぎである眠りの神ヒュプノスよ、あなたこそが人の悩みや疲れを取り除き、明日への備えをさせてくれます。アルキュオネの寝室にいって、夢の中でケユクス王の幻を見させ、船は遭難し王はすでに死んでいることを知らせてほしいのです。これは、ユノ(ヘラ)様の命令です」
虹の神イーリスは用件を伝えると、すぐにヒュプノスの館をさりました。長居すると、今にも眠ってしまいそうだったからです。