※本ページにはプロモーションが含まれています。

海神オケアノス大洋神オケアノス

アイスキュロス作『縛られたプロメテウス』No.2

「御身は知恵に富んでいようが、身の程をよくわきまえた方がよかろう。新しい王ゼウスには、調子を合わせることだ」
と、孫のプロメテウスに、ゼウスと和解するよう助言しようとやってきた大洋神オケアノス。しかし、プロメテウスは拒否します。

「今はまだ明らかにする時ではないどころか、秘しておかなければならないのだ」
と、ゼウスの秘密をコロスにほのめかしているところに、ゼウスが妃ヘラに隠すために牛に変身させたイオがやってきます。

アイスキュロス作『縛られたプロメテウス』No.2
コロス(合唱隊)=プロメテウスの叔母にあたるオケアノスの娘たち

(黒海の北、スキュティアの荒野の涯、聳え立つ岩山のもと)

縛られたプロメテウス[2]大洋神オケアノスと彷徨うイオ

オケアノス、孫プロメテウスへ忠告

(大洋神オケアノス、翼のある馬にまたがって登場)

オケアノス
プロメテウスよ、御身は孫であるから、わしにはこの不幸が他人事とは思われぬ。さあ、教えてくれ、御身のためにどうしたらいいかを。
プロメテウス
ああ、あなたまでも、私の苦悩を見ようとやって来たのか。これがゼウスに主権をとらせた味方の成れの果てだ。
オケアノス
御身は知恵に富んでいようが、身の程をよくわきまえた方がよかろう。新しい王には、調子を合わせることだ。この苦難は、思い上がった舌に対する報酬なのだ。まあ、こうした助言は、古臭く陳腐に聞こえよう。
また、わしを先生として見習い、おとなしくしてくれ。これから、ゼウスのところに行って、御身を解放できないか、かけあってこよう。
プロメテウス
余計な世話はやいてくれるな。どんなことを言っても、あいつを説得できまい。よく気をつけろ。あなたまでも、うっかり災いを被ることがないように。
オケアノス
自分自身より、御身は身近な者を教えるのが得意なのだな。
プロメテウス
あなたの熱意には、感謝している。が、もう骨折りはやめてくれ。今はゼウスに協力したことで、天球を支えている兄アトラスに胸を痛めている。また、暴力を持ってゼウスの支配を倒そうとしたチュポーンが、その雷撃によって倒されてしまった。
すべて承知しているなら、身の安全を考えたほうがよい。私は、この罰を耐えていこう。
オケアノス
では、プロメテウスよ、御身はこの諺を知らないのか「言葉(条理)は、乱れた心の医師だ」
プロメテウス
もし人が時宜に応じて心をやわらげ、いきり立つ心を無理やり、抑えつけようとしないのならな。あなたの行為は、度を超えた苦労と軽率なおめでたさばかりだな。
オケアノス
明らかに、御身の言葉は、わしを家へと追い返すのだな。

(大洋神オケアノス、退場)

今はまだ秘しておくべきゼウスの秘密

コロス
お歎きするほかありません。
プロメテウス様の定めを。
それもみな、昔の神々に思い上がった
権力の圧迫を加えられるため。
あなたのほかにもただ一人
人並みすぐれ、力も強いアトラス様。
天の星々や支え柱を
背に担いで呻いている。

プロメテウス
私が頑迷さから、また思い上がりで黙っているとは思ってくれるな。オリュンポスの神々に手を貸したことは、もう言うまい。ただ、何も知らない、何も学ばない弱い人間に、〈数〉を教えたのも、〈文字〉を書くことを教えたのも私なのだ。病を癒やす薬、夢や縁起の吉凶、良い動物、悪い動物の見分け方、地中の金、銀、銅、鉄。このように、人間の持つ技術(文化)は、すべて私の贈り物なのだ
あわれや、自分のためにはどうしたら今の苦難を免れよう、との考え一つさえ浮かばないとは。
コロス
プロメテウス様らしからぬお悩みよう。下手な医者が病気にかかったように、どんな薬を使えばいいかもわからぬような有様。もう、人間たちを分不相応に助けてやるのは、おやめなさいまし。私たちは、まだ希望を持っています。あなた様が解放されて、ゼウスにも劣らぬ力をお持ちになることを。
プロメテウス
いや、今はまだ、運命の女神(モイライ)と執念深い復讐の女神(エリニュス)が、そのように定めていない。
コロス
この方々より、ゼウス様は弱いのでしょうか。
プロメテウス
そうだ、ゼウスとても運命の定めるところを逃れられない。
コロス
どんな定めが、ゼウス様を待っているのでしょう。
プロメテウス
それは、今はまだ明らかにする時ではないどころか、秘しておかなければならないのだ。守りとおしてこそ、私はこの恥多い緊縛を逃れえようから。

アブに追われ、さまようイオ

イオ牛に変身させられたイオ

(牛に変身させられたイオ、登場)

イオ
何という国へ迷ってきたことでしょう、どんな人が住んでいるの。あ〜、あ〜。また、私をアブが刺しては苦しめる。大地の子アルゴスの亡霊だ。ゼウス様、私にはどんな過ちがあったのですか。ああ、恐ろしいアブに追わせて気も狂うほど。牛の角持つ乙女の言葉が、誰か聞こえていますか。
プロメテウス
イナコスの娘よ、どうしてお前の声が聞こえないであろう。
イオ
まあ、どうしてあなたは父の名前をご存じなのですか。言ってください、どなたですの。
プロメテウス
人間に火を与えたプロメテウスだ。
イオ
まあ、人間たち一同の恩人としての方が、何の仕置をお受けなのです。
プロメテウス
ゼウスの指図とヘパイストスの枷(かせ)だ。それ以上は聞かないことだ。
イオ
では、先を見るプロメテウス様、このことだけ、私の流浪の終りを教えてくださいまし。
プロメテウス
知らない方が、お前のためだ。
イオ
どうか、私に隠さないで。これからの苦悩を。
プロメテウス
そう望むなら、言わねばなるまい。さ、聞くがよい。
コロス
まあ、待って。その前に、この牛になった乙女の定めを最初に聞いてみたいのです。
プロメテウス
イオよ、この女たちはお前の父の姉妹だ。身の上を思うさま嘆き悲しみ、聞く人々に涙を注いでもらうのもよいだろう。

縛られたプロメテウス[3]ゼウス最後の秘密とヘルメスの取調べ