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ヘレネヘレネ?とパリス

驚愕の真実!ヘレネはトロイアでなくエジプトにいた?

恐れていた予言者テオノエは、ヘレネとメネラオスのことを兄のテオクリュメノス王には黙っていてくれることになり、安堵したヘレネとメネラオス。

しかし、エジプトから逃れ、故国スパルタに帰る方法は自分たちで考えなければなりません。そこで、ヘレネはある策略を思いつきます。

その策略とはメネラオスが死んだことにして、海上で彼の葬式をすることです。まずは、ヘレネは妻になると王に言って喜ばせ、次に葬式から船まで準備をしてもらうことです。

 

エウリビデス作ヘレネ』No.3
コロス(合唱隊)=拉致されエジプトに売られたギリシャの女たち

(ナイルの河口にのぞんだ宮殿の前。前景に前王の墓)

ヘレネ[3]予言者テオノエとヘレネの一世一代の策略

テオノエ、ゼウスの妃ヘラに与しヘレネを助ける

(テオノエ、侍女たちを従え登場)

テオノエ
ヘレネ様、わたくしの予言はいかがでしたか。あなたの夫メネラオス殿は目の前に現れましたね。そして、あなたの肖像は消え去りました。

(メネラオスに)ああ、お気の毒に。大変な苦労をなさったようですね。しかし、故国に帰れるかどうかは、まだはっきりしません。今日これから、ゼウス大神の前で神々の集まりがあり、あなたについて話し合われるのです。ヘラ様はあなたにご好意を持ち、夫婦そろって帰国がかなうようにお望みです。また、ヘレネ様とパリスとの婚儀は偽りであったことも、ギリシャ中に知らしめたいとも。

しかし、キュプリス(アフロディテ)様は反対なのです。パリスの審判の時、ヘレネ様との結婚をエサにして、美貌の誉れを買ったことが露見しては困るからです。

ところで、わたくしはヘラ様のお味方をするか、キュプリス(アフロディテ)様のお味方をするか? また兄に知らせた方がよいのかどうかも……
ヘレネ
テオノエ様、お願いです。やっと夫に会えたのです。兄上にはしゃべらずに、どうかお助けください。ヘルメス神がわたくしを前王プロテウスにお預けになりました。いずれ夫メネラオスに返すためです。どうか、お父上と神の御心をお考えになってくださいませ。父上の正しさを踏みにじって、兄上の不正を善しとされるなら、現在と未来の神慮をご存じでありながら正義をわきえていらっしゃらないことになりましょう。

また、わたくしの誉れはギリシャでは失墜しておりますが、故国スパルタに帰れば、ふたたび取り戻すこともできます。すべては神慮がトロイア戦争の原因であったと、理解してくれましょう。娘ヘルミオネも嫁ぐことができます。
どうか、この願いをお聞きいれくださいませ。
メネラオス
(テオノエに)わたしはあなたの膝にすがって、涙を流すことはしません。不幸に際して涙を流すのは立派な振る舞いだと言う人もおりますが、わたしは勇気を尊びます。正当な権利によって、妻を取り戻そうとしているこの男を助けようと思われるのなら、お返しください。

この墓に眠ってらっしゃるご老人よ、ゼウス様があなたの元へ送られたわたしの妻をお返しください。
あの世の主ハデス様、あなたにもお力添えをお願いいたします。トロイア戦争では、多くの兵士の命を受け取られたことでしょう。

とそして、妻ヘレネとはかたい誓いを立てております。わたしは王と一対一の勝負を望むつもりです。もし王が望まず、食べ物を与えす、この墓で二人とも苦しむようにするのなら、ヘレネを殺し、その刃をこの胸にも刺します。
コロスの長
テオノエ様、裁かれるのはあなたです。みんさんの心にかなうようお決めください。
テオノエ
厳とした正義のお社が、わたくしには生まれつきそなわっています。ネレウス様から承けついた予言の力は、どこまでも大切にしていきたいと思っております。わたくしはヘラ様に与しましょう

キュプロス(アフロディテ)様、わたくしは予言者として、いつまでも処女でありたいと思っております。だから、申し訳ありませんが、恋することはありません。

そして、父が生きておりましたら、ヘレネ様はメネラオス殿にお返しすることでしょう。

わたくしは、口を閉ざしております。しかし、ご自分たちで逃げ道は見つけてください。そこまで、わたくしが手助けすることはできません。

(テオノエ退場)

生か死か!ヘレネの一世一代の策略

メネラオス
ヘレネよ、馬車を手に入れることはできぬか? あるいは王宮の中に隠れて、王を殺してしまうのはどうだろう。
ヘレネ
馬車を手に入れても、無案内のこの国の中をどう逃げるのですか? また、王を殺そうとすれば、テオノエ様がそれを見逃すはずはありません。女の浅知恵ですが、わたくしに考えがあります。生きていながら、死んだと言われるのはお嫌でしょうか。
メネラオス
縁起が悪いが、それで良いことが起きるならかまわぬ。
ヘレネ
あなたが海で死んだことにし、習わし通り、髪を下ろし、嘆きの声を上げて、王の前であなたを悼みましょう。その後、海の上で追悼式を行うように願います。
メネラオス
船がないのだぞ。どうやって追悼式を行うのだ。
ヘレネ
供養の捧げものを海に投げ入れるため、船が必要だと言うのです。それも、ギリシャでは海で死んだ者は、海で葬るのが習わしと言うのです。その船に、あなたと部下たちも乗っていただきます。あとは順風さえあれば……
メネラオス
それは名案じゃ。ヘラ様が帰してくれるお考えなら、順風はきっと吹くだろう。だが、わたしの死を、誰が王に伝えるのか?
ヘレネ
あなたです。メネラオスや家来たちは死んで、幸運にも自分一人が死を免れたと、あなたが王に言うのです。
メネラオス
このぼろの着物が証しになろう。一緒に中に入った方がいいのか、この墓で待っていようか?
ヘレネ
ここにいらしてください。わたくしは髪を下ろし、喪服に着替え、頬に血を滲ませて、生きるか死ぬかの勝負に出ます。
ヘラ様、手を差し伸べてお願いいたします。キュプロス(アフロディテ)様、わたくしをエサにして、美の誉れを手にされたのですから、見殺しになさらないでください。わたくしにはずいぶんな苦しみを与えられました。それでも、わたくしを亡き者にとお考えならば、せめて故国で死なせてくださいませ。

(ヘレネ、王宮に入っていく)

アフロディテ、ヘレネをパリスにキュプロス(アフロディテ)、ヘレネをパリスに

コロス
呪われた花婿パリスが
キュプロス様に付き添われ
ヘレネ様、あなたという花嫁を
異国の船でお連れしたあの時が
その苦しみの始まりでした。

白鳥に姿を変えたゼウス様が
レダ様とのあいだに
ヘレネ様をお生みになったのです。
それでいてギリシャ全土に
あなたの噂は広まりました。
裏切り者よ、不実の女よ、
正義をわきまえぬ不敬の女よと。

言葉で終わらせればよかったものを、
トロイアは滅び、多くの女は奴隷に。
多くのギリシャ人も異国の地で死に、
生き残った兵士らも大海原で死んだとか。

テオクリュメノス王の前で慟哭するヘレネ

(狩りから戻ったテオクリュメノス、従者を連れて登場)

テオクリュメノス
お父上の墓にご挨拶を申し上げる。
や、や! ヘレネがおらぬ。ギリシャ人が、連れ去ったのか!
お〜い、門を開けろ。馬を、馬車を出せ!
(ヘレネが王宮から出てくる)そなた、なぜ黒い着物を着ているのだ? 髪までおろし、涙で頬を濡らしているのはなぜだ?
ヘレネ
ご主人様、今ではあなたをこうお呼びいたします。わたくしは、もう生きた心地もしません。
テオクリュメノス
いったいどうしたのだ? どんな不幸がそなたに起こったのか?
ヘレネ
メネラオス様が、ああ、死んでしまったのです。
テオクリュメノス
どうして、死んだと分かったのだ? テオノエがそう言ったのか?
ヘレネ
墓にうずくまっている男、夫と一緒に船に乗っていたギリシャ人です。海の波に飲まれ沈んでいったと。自分一人だけ死を逃れたと。
テオクリュメノス
そこの男、なんとひどい身なりだな。どうやってここに来たのだ。
ヘレネ
海で板にしがみついていたところを、通りかかった船に助けられたそうです。ああ、夫の体を葬ることができません。なんという不幸なわたくし!
テオクリュメノス
死んでしまっては、致し方ない。空涙ではなさそうだな。
ヘレネ
そんな! テオノエ様の眼を欺くことなどできませぬ。
テオクリュメノス
それもそうだな。ところでこんな時に言いづらいが、まだこの墓で暮らすつもりか?
ヘレネ
夫が死んでしまった以上、ここで暮らす意味はありません。結婚のご希望、お受けいたします。しかし、その前に一つお願いがございます。
テオクリュメノス
なんなりと申すがよい。
ヘレネ
せめて、夫を葬ってやりたいのです。ギリシャのしきたりでは、海で死んだ者は海で、体がない者は空の武具を葬るのです。細かいことはわたくしも経験がありませんので、そこの男にお聞きください。

メネラオス、自分の葬式の手はずをする

テオクリュメノス
そこの旅の者、ギリシャでは海で死んだ者をどう葬るのだ。(小声で)だが、うれしい知らせであったぞ。
メネラオス

わたくしは、うれしくはありません。でも、メネラオス様を葬ってくださるのなら、ありがたいことです。葬式の規模は、死んだ者の財産によってとり行われます。
テオクリュメノス
では、なんなりと必要になる物を申せ。この女のためなら、何を望まれても嫌とは言わぬ。
メネラオス
それでは、お言葉に甘えます。生贄に捧げる血統の良い牛や羊、棺桶、メネラオス様は大将でしたので青銅の武具一式、あと実りの作物をお願いいたします。また、それを海に運ぶ船と漕ぎ手が必要になります。
テオクリュメノス
沖へはどれほど遠く出るのだ?
メネラオス
穢れた波が岸に打ちよせることがないよう、遠く離れなければなりません。
テオクリュメノス
よし、フェニキアの快速船を出してやろう。
メネラオス
かたじけのうございます。メネラオス様もお喜びになります。そして、葬式をとり行うのは家族です。
テオクリュメノス
すると、夫を葬る務めは、ヘレネがしなければならぬのか。
メネラオス
そうなります。
テオクリュメノス
よろしい。敬虔な妻にヘレネがなってくれれば、いずれ我が身のためにもなること。ところで、そなたもそのぼろを脱いで、身なりを整えればよい。そして、今言ったものすべてのものを選んでくれ。すべてが終わったら、故郷に無事返してやろう。
(ヘレネに)かわいそうだが、無益に悲しまぬがよい。メネラオス殿はあれが天命、もはや生き返ることはないのだ。
メネラオス
ヘレネ様、そうなさることです。新しい夫を慈しむことです。無事にギリシャに帰りましたら、あなた様の汚名をそそいであげましょう。
ヘレネ
ええ、そのように。さあ、中へお入り、湯あみをしてください。わたくしが新しい夫に申し分なく振るまえば、メネラオス様のために、いっそう好意ある心尽しをいただけましょう。

(メネラオス、ヘレネ、テオクリュメノス、王宮の中へ)

コロスは踊り、歌いはじめる。