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テクメッサ、エウリュサケスとアイアステクメッサ、エウリュサケスとアイアス

トロイアのヘクトルとの一騎打ちを懐かしむ

自分の過ちに気づいたアイアス。その姿は、トロイア戦争の大英雄とは思えない有様。かつてお互いの武力を称えあったトロイアのヘクトルとギリシャのアイアス。その時、ヘクトルから贈られた剣は彼にとっては名誉の証であった。

しかし、アイアスはこう言います「敵の贈物は贈物にあらず。決してためにはならない」。アイアスは覚悟を決めます。しかし、その真意を妾テクメッサと子エウリュサケスにも隠します。

ソポクレス作【アイアス】No.2
コロス合唱隊)=アイアスの部下達

(狂わされたアイアスの陣屋前営)

アイアス[2]トロイアのヘクトルとの一騎打ちを懐かしむ

アイアスの嘆きと決意

(テクメッサが開けた扉から、アイアスの陣屋にコロス=アイアスの部下達が入ってくる)

アイアス
おお、我らが舟人。今も私に忠実に生きる人々よ。
コロスの長
(テクメッサに)これでは、殿は気が狂うておられるのは明らか。
アイアス
ただ一人、そなただけがこの苦しみを遠ざけることができる。いざ、我が命を奪え。
コロスの長
殿、不吉なことを口になされますな。
アイアス
もしアキレウスが生きていて、自分の武具を武勇の誉として誰に贈るか、自分で決めるとしたら、このわしをおいて他にはおるまい。ところが、アガメムノンらはオデュッセウスに与えたのだ。
そして、ゼウスの姫神アテナがわしを狂わせ、きゃつらを狙ったわしの手をしくじらせた。だから、このような家畜どもの血でこの手を染めることになってしまった。きゃつらは、悔しがるわしを見て笑っている。まったく残念至極である。

さあ、今となってはどうしたら良いのか。故郷に帰るか、いやどの面さげて父テラモンに会えよう。ではトロイアの城壁に突撃して、華と散ろうか。いや、アガメムノンらを喜ばせるだけのこと。
よもかく老いたる父に、あなたの息子は卑怯者ではないということを示さねばならない。苦しみの中から逃れられぬと知りながら、末長き命を願うなら、恥ずべきこと。誉れ高き者は、立派に生きるか、立派に死ぬか、選ばねばならない。
コロスの長
そのように思案なさるのはお止めください。
テクメッサ(アイアスの妾)
私はプリュギア人の中では富に栄える父を持ちながら、今は奴隷の身の上。これは神様の思し召しで、あなたのお力によるもの。だから、あなたとその床をともにし、一子エウリュサケスを得ました。今では、あなたをお慕いもうしています。
もし、あなたがお亡くなりになれば、我が子と一緒に、他のギリシャ人の奴隷になりましょう。あなたのお手の中にあってこそ、私の一切が守られているのです。
コロスの長
アイアス殿、どうかこの方に憐みの心をお持ちくださいますように。
アイアス
では、子供を連れてきてくれ。
テクメッサ
実はこの恐ろしい場から、あの子を離れるようにいたしました。
アイアス
それで良い。しかし、あの子に話がしたい。
テクメッサ
(陣屋の外に)さあ、父上がお呼びですよ。

アイアス、幼い息子を諭す

(召使い、エウリュサケスの手を引いて登場)

アイアス
おまえは臆病者になることはないだろう。だが、今はこの不幸なことを知らない。
だが、おまえが一人前になったなら、敵どもの中にあって、この父の血を受けて、どれほどに優れた者かを見せてやるのだぞ。それがまた、母の喜びにもなる。たとえ、わしがいなくとも、ギリシャ人の誰一人として、おまえにひどいことをして馬鹿にするようなことは決してない。おまえのそばに腹違い弟テウクロスを残しておくつもりだ。

さて、皆の者、おまえ達に頼んでおきたい。テウクロスにも伝えてもらいたい。この子を我が故郷に連れて帰り、父テラモンと母に引き合わせてもらいたい。この子が父と母のお世話をできるように心がけてくれ。
また、わしの武具については、競技の賞にかけてはならぬ。この7枚皮の不壊の盾は、息子に渡す。エウリュサケスよ、しっかり使いこなすのだぞ。その他の武具は、私と一緒に埋めてくれ。
(テクメッサに)さあ早く、この子を受け取って、家の扉を閉めてくれ。
テクメッサ
アイアス様、何をなさるおつもりでございますか。
アイアス
くどくど聞くな、女とは慎み深くてこそ美しいのだ。
テクメッサ
ああ、心配でたまりませぬ。私たちの気持ちを裏切らないでくださいまし。
アイアス
うるさい。もはやわしには神々に仕える義務はないということがわからぬか。

(アイアス、テクメッサとエウリュサケス退場)

平静を装うアイアスとヘクトルの剣

コロス
ありし日のかくれなき武勇の程も
哀れなるアトレウスの子らの心なき仕打ちの前に、
空くもさらされるまま地に堕ちぬ。

いたわしや、その父君、その人を待つはただ
我が子の悲しき禍いの報せ。
アイアコスの一族の中に、かくのごとき
嘆きを見し人はなし、ただこのアイアスを除きては。

(アイアス剣を持って登場、テクメッサもエウリュサケスを連れて登場)

アイアス
さっきは不思議なほど頑なであった、が、今はその切っ先も鈍ってしまった。この女を敵どもの中に、寡婦として残してはならぬ。また、子供をみなし子にしてしまうのは可哀そうだ。
さあ、わしは体を洗いに海辺に行こう。血を浴びたこの身を清め、女神の深い怒りを逃れたい。そして、このヘクトルから贈られた剣を隠そう。全くあの諺のとおり。

敵の贈物は贈物にあらず。決してためにならない!

では、これから神々の御心に従い、わしはアトレウスの子らを敬う心を養うつもりだ。彼らは支配者だからな。
テクメッサよ、おまえは家の中に入って、我が願いがつつがなく成就するよう神々に祈ってもらいたい。

(コロスに)テウクロスが戻ったならば、我らがことを忘れぬように、またお前たちのことも取り計らってくれるよう伝えてくれ。わしは行かねばならぬ所に行く。

(アイアス出ていく。テクメッサとエウリュサケスは陣屋の中に)

イリアス【第7歌】ヘクトルとアイアスの一騎打ち