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弓の名手テウクロス弓の名手テウクロス

カルカスの予言と弟テウクロスの焦燥

妻や部下に本心を告げず自害したアイアス。アキレウスに次ぐ英雄の最後としては実に悲惨な死というほかはありません。

アイアスの狂気から始まり、妻テクメッサの悲しみ、アイアスの死、アガメムノンとメネラオスの憎悪とテウクロスの反発……ずっと暗い劇の進行の後、アイアスに殺されそうになったオデュッセウスが、最後に意外にもアイアスを讃えたことはほっとした終幕です。

ソポクレス作【アイアス】No.3
コロス合唱隊)=アイアスの部下達

(狂わされたアイアスの陣屋前営)

アイアス[3]カルカスの予言と弟テウクロスの焦燥

アイアス「女神よ、他のギリシャの人のところへ行くが良い」

(アイアスの弟テウクロスの使者登場)

使者
テウクロス殿が戻られた。アイアス殿はどこにおられる。申し上げることがあるのだ。
コロスの長
たった今、お出かけになられた。
使者
ああ、遅かったか。
テウクロス殿がおいでになる前に、アイアス殿を外出さぬようにとのご命令であった。
コロスの長
アイアス殿は怒りをしずめ、神々の御心を和らげようとお出かけになったのだ。
使者
もしカルカスの予言が正しければ、なんという馬鹿げた話。
コロスの長
なんと、その予言とはどのようなものか。
使者
アイアス殿に生きて会いたいのならば、今日の明るいうちはアイアス殿を陣屋から外に出してはならない、と。この一日だけ、女神アテナの怒りがアイアス殿を駆り立てるだろう、と。

かつて、トロイア戦争に行くときの父テラモン殿のお言葉があった。
「息子よ、勝ちを願うのは良いが、神のご加護を祈るのを忘れてはならない」
それに対してアイアス殿の言葉はこうであった。
「神々の力をかりて勝つのは当たり前。そんな力をかりずとも、立派に勝ちえてご覧に入れましょう」

また、戦場で女神アテナに対してこう言い放ったのだ。
「女神よ、他のギリシャの人のところへ行くが良い。私がいれば、決して戦列は破れません」
女神アテナの報いなのだ。
カルカスの予言によると、もはやアイアス殿はこの世の者ではないだろう。
コロスの長
お気の毒なテクメッサ様、ご不幸な星の下に生まれました。

(事情を聞いたテクメッサはエウリュサケスとアイアスを探しに。コロスも二手に分かれて、アイアスを探しに出かける)

アイアスアイアス

アイアスの自死

(舞台の一角。海辺の寂しい場所。アイアスは切っ先を上に向けた剣を大地に突き立てている)

アイアス
我が身を殺す剣。これならば、すぐに息を引き取らせてくれるだろう。
ゼウスよ、どうかお力をお貸しください。剣の上に倒れている私をテウクロスが抱き上げてくれますように。敵方の者に見とがめられて、犬や鳥どもの餌に投げ捨てられることのないように。これだけが私の祈り。
そして、復讐の女神エリニュスよ、悪辣非道のアトレウスの子らにより、この私がいかに無残な死を遂げるか、お見知りおきを。そして、彼らには苦しみをお与えください。
そして、太陽神ヘリオスよ、老いたる父上と母上に、我が不幸な死を伝えたまえ。
おお死よ、死よ、はや、われに来れ。

(アイアス、剣の上に身を投げる。コロス左右より登場)

テクメッサ
(はるか彼方より)ああ、ああ...
コロスの長
お気の毒なテクメッサ様の声。いかがなされたのか。
テクメッサ
もうダメです。この身は亡びる。アイアス様が剣の上に身を投げられて……
お体を白衣で包んで隠してしまいましょう。

(アイアスの腹違いの弟テウクロス登場)

テウクロス
おお、わたしの大切な兄弟アイアスよ。なんという悲惨な目にあうのだろう。
(テクメッサに)この方のお子をここに連れてこられよ。誰かに連れて行かれぬように。
コロスの長
アイアス殿も子供のことを、あなた様によろしく頼むとのお言付けでございました。

メネラオスとアガメムノンの仕打ち

(メネラオス登場)

メネラオス
こらお前ら、その死体を埋葬することはならぬ。なぜならば、夜陰に乗じて我らに襲いかかってきたからだ。
もし女神がこの男の思い上がった心を転じて、家畜に向かわせてくれなかったならば、我らは殺されていたのだ。
テウクロス
神の力で救われながら、死体を埋葬する神の掟をないがしろにするのか。
メネラオス
このわしが神の掟をないがしろにする者だと。でも、はっきり埋葬することはならぬと命じたからな。もう、行くとしよう。力を行使できる者が、とやかく言葉で叱っていると思われては、恥ずかしいことだからな。
テウクロス
さあ、行くがよい。馬鹿者が。

(メネラオス退場。しばらくして総大将アガメムノン登場)

アガメムノン
アキレウスの武具のことでは、お前は至る所で我々を悪人呼ばわりしているようだな。そして、我々を亡き者にしようとしていると。そして、今度はわしらの命令に背き、アイアスを葬ろうとしているとは。
テウクロス
人が死んでしまうと、その人への感謝の念はなんと速やかに忘れられてしまうことだろう。そして、たちまち裏切りの心が取って変わるのだ。
もう何も覚えていないのか。ヘクトルが船陣の中まで攻め入ってきた時、もう駄目だと誰もが思い逃げまどう中、このアイアスが駆けつけてお前たちを救い出したことを。また、その前のヘクトルとの一騎打ちの時も、アイアスが進んでそのくじに当たるようにしたのも。
この人でなしめが。

トロイア軍からギリシャの船陣を守ったアイアストロイア軍からギリシャの船陣を守ったアイアス

オデュッセウスの提案

(オデュッセウス登場)

オデュッセウス
何事かな、この勇者の遺体のそばで。
アガメムノン
オデュッセウス殿、たった今、この男からまったくひどい侮辱の言葉を聞かされていたところだ。アイアスの遺体を葬ってはならぬと言うと、なんとしても埋葬するとな。
オデュッセウス
(アガメムノンに)友として、本当の心を述べるのを許してくれるか。
アガメムノン
話すがよい。そなたはこの上ない友達だからな。
オデュッセウス
神の名にかけて、アイアスを埋葬するのを許してやってほしい。アキレウスの武具のことでは、確かにアイアスの恨みを買ってしまった。だからと言って、彼に侮辱を加える気にはならないのだ。アイアスはまぎれもなく、アキレウスに次ぐ英雄であった。そのことは、今になっても誰が否定できよう。
アガメムノン
オデュッセウス、そなたはこの男のためにわしと争う気か。
オデュッセウス
そうだ。そのような不名誉な真似をして、何か良いことがあろうか。友の言うこと、分かってくれぬか。
アガメムノン
それでは、そなたはこの遺体の埋葬を許せと言うのだな。よろしい、好きなようにさせてやろう。

(アガメムノン退場)

テウクロス
じつに立派なオデュッセウスよ、わたしはあなたにいかなる賛辞も惜しまない。あなたは見事にわたしの不安を裏切ってくれた。
コロスの長
オデュッセウス殿、これほどのあなたを見識優れた方だと認めない者は愚か者と申しましょう。

(オデュッセウス退場)

イリアス【第13歌】船陣脇の戦い