〈コメディ・フランセーズで上演『オイディプス王』〉(出典)
ライオスに始まり、オイディプス、二人の息子、呪いは三代にわたりました。結果、天寿を全うしたのは、オイディプス王のみ。彼は、神に何らかの役割を与えられたのでしょうか?
(ソポクレス作『コロノスのオイディプス』参照)
オイディプス王[4]王妃の自殺と両眼を自ら刺す王
ソポクレス作『オイディプス王』No.4
コロス(合唱隊)=テーバイ市の長老
(都市テーバイ。王の館の前庭。神官とコロス、市民がゼウスの祭壇の前に)
王妃イオカステの自殺
(第二の使者、登場)
第二の使者
イストロスやパシスの大河の水をもってしても、この家を洗い清めることはできない。
新たな禍いは、王様自らすすんで行われ、その苦しみは計り知れません。
コロス
われらは、もう十分嘆いている。その上何を告げると言うのか。
第二の使者
イオカステ様が、自らお隠れなさいました。
お妃は狂気にとらわれ、両手で髪をかきむしり、寝室に入られた。扉はしっかり閉められ、中から亡くなられたライオス様の名を呼んだり、不幸にも夫から夫を、子から子を二重に生んだその寝室を嘆き悲しまれました。
その後、オイディプス王が飛び込んでおいでになりました。イオカステ様の居場所を尋ねながら歩き回り、今までの禍いを恐ろしいほど叫ぶとともに寝室の観音開きの戸をこじ開けたのです。
中には、紐を首に巻きぶら下がっているお妃。オイディプス王は紐を解いて、床にお妃を横たえられました。
その後のことは、見るも恐ろしいことでした。
※【イストロス川】ドナウ川の下流域の古代ギリシャ語
オイディプス王、両眼を突き刺す
第二の使者
オイディプス王はお妃の着物の留針を引き抜いて、高くかざし、両眼の奥底深く突き刺したのです。
「おれの不幸、おれの悪業を見るのもこれが最後だ。見てはならぬものを見、おれが知りたいと願っていた人を見分けることができなかったお前らは、今後は暗闇の中にあるであろう」
こう言われると、また何度も何度も眼を突いたのです。血潮は髭を染め、滴り落ちました。
コロス
そうすることで、苦しみが和らげば良いのだが。
第二の使者
オイディプス王は「誰か扉を開いてすべてのテーバイの民にこの父の殺害者を、母親の×××××(この神をけがす言葉は私のロから出てはならぬ)である自分をこの国から放り出せ、また自分が呪われたように、この家にも呪いをかけることがないように、おれをおいておくな」と叫んだのです。
しかし、あの苦しみは人間に耐えられるものではない。
(オイディプス王、両眼より血を滴らして登場)
コロス
おお、見るも恐ろしいそのお姿、私の目にしたあらゆるものにも増して恐ろしい!
オイディプス王
アポロンだ、友よ、アポロンだ、このおれのにがい苦しみを成就させたのは。
だが眼をえぐったのは、誰でもない、不幸なこのおれだ。眼が見えたとて何一つ楽しいものが見えぬ。
友よ、連れていってくれ、国の外に、はやくおれを連れていってくれ。
コロス
運命とそれを痛む心とで等しく痛わしいお人、
あなたをお知り申すことさえも、なければよかったもの。
オイディプス王
おれを足枷から解き放ち、死より救った者は滅びよ。何の喜びとてもたらさなかったわ!
その時に死んでおれば、親しい人にも、おれにもこんな苦しみはなかったものを。
さすれば、父殺しにならず、その腹から出た女の花婿と世に呼ばれることもなかったものを。この不幸なおれに生を与えた父親と同じ腹から子を生ませた。
コロス
目くらで生きているよりは、もうこの世におらぬほうがよかったか。
オイディプス王
目が明いていれば、冥府に行った時、どの眼でもって父を見ることができよう。母上とても同じ、お二人におれは首をくくっても及ばぬ罪を犯した。
それでは、おれが母に生ませた子供たちを見ることが、楽しいとでも言うのか、否。
おお、キタイロンよ、なぜおれをかくまった?
どうして受け取ったその時に、すぐさまおれを殺してはくれなかったのか?
おお、コリントスのポリュボス殿、あなたが育てたこのおれは、表はきれいだが、その裏にはうみをもった子であった!
おお、三つの道よ、お前たちは血を分けた父上の血をおれの手から飲んだのだ。
覚えておるであろう、おれが何をしたか、それからここテーバイに来て、何を行なったかを。
おお、結婚よ、お前はおれを生み、同じ女から子を世に送り出した。
だが、けがらわしい行ないは、口にするだに汚らわしい。
さあ、一刻もはやく、頼む、どこへなりと国の外へおれを追放してくれ、あるいは殺してくれ!
コロス
私たちにはあなたのお望みを叶えることも、助言を与えることもできません。
おお、ちょうど良いところに、クレオン様がお見えになりました。
(クレオン、登場)
クレオンの計らい
クレオン
王様、私はあなたを嘲笑うためや、責めるためにやってきたのではない。
(従者に)さあ、すみやかに館の中に行け。血縁の不幸は血縁の者のみが、見ることが許される。
オイディプス王
妃のため、神かけてお願いする。また、もう一つ望みをかなえてくれ。私のためでなく、あなたのために。
クレオン
どんな望みか?
オイディプス王
おれをこのテーバイから放り出してくれ。
クレオン
その前に、まずはどうすべきか、神に尋ねたほうが良い。予言が現実になったからには、神に信をおくであろうからな。
オイディプス王
お願いする。館の中にいるあなたの姉にあなたの心にかなう葬いをしてやってくれ。
またこの私が、キタイロン山に住むことを許してくれ。父母が私の墓場と決めたところだ。
だが、これだけはわかっている。何者も私を滅ぼすことはできぬ。私が生きのびているのは、何か恐ろしい禍いのためだ。
オイディプス王、二人の娘を託す
オイディプス王
クレオン殿、私の二人の息子には心を配る必要がない。彼らは男だから、生きる糧にはこと欠くまい。だが、哀れな二人の娘の面倒を見てやってくれ。
できるなら、彼女らに触れて、不幸を心ゆくまで嘆かせてくれ。
(クレオンの従者、娘アンティゴネとイスメネの二人を連れてくる)
果て? 娘たちの泣き声が聞こえてくる。クレオン殿、私を憐んで、私の宝をよこしてくれたのか。
クレオン
そうだ。これは私の計らい、以前からあなたと娘のことはわかっていたことだから。
オイディプス王
おん身に幸あらんことを。
子供たちよ、どこにいる。こちらに来い。お前たちのためにも、涙を流している。もはや、お前たちを誰が娶ってくれよう。
クレオンよ、あなただけが彼らの父親なのだ。憐んでやってくれ。
子供たちよ、今はこれだけを祈るがよい。許された土地で暮らし、生みの親よりは良い生涯を得ますように。
クレオン
もうお嘆きは十分であろう、館の中に入られい。
オイディプス王
私を国の外へやってくれ、それが条件だ。
クレオン
あなたの望みは、神がかなえられるべきこと。
オイディプス王
だが、私は神々の仇になった。
クレオン
それならば、やがてその望みは達せられよう。
コロス
おお、わがテーバイが国の住人よ
見よ、これこそオイディプス
スフィンクスの謎を知り、勢い並ぶ者とてなく
その運勢は誰もがうらやみしところ。
されど、見よ、今や、いかなる非運の浪に襲われしかを。
されば、かの最後の日の訪れを待つうちは
悩みをうけずこの世の涯を越すまでは
いかなる死すべき人の子をも幸ある者と呼ぶなかれ。
その後、オイディプスは娘アンティゴネとともにテーバイをあとにし、放浪の旅に出ます。
(おわり)『コロノスのオイディプス』へと物語はつづきます
→ コロノスのオイディプス[1]アポロン神託による王の旅の最終地
〈アテナイ近郊のコロノスのオイディプス〉