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若い神ディオニュソス=バッカス

若い神ディオニュソス=バッカス

エウリピデス作『バッカスの信女』No.1

ディオニュソス(バッカス)は、ゼウスとテーバイの祖カドモスの娘セメレの子。セメレはゼウス(ユピテル)の妃ヘラ(ユノ)の策謀によって、ゼウスの雷で焼け死んでしまいます。ゼウスは我が子ディオニュソスを腿に入れて育てます。

そんなディオニュソスが、母セメレの故郷テーバイに自分の信女を連れて凱旋してきました。しかし、ペンテウス王は、神ディオニュソスを認めようとしません。

実はペンテウス王の母アガウエとセメレは姉妹で、ペンテウス王と神ディオニュソスは従兄弟になります。

エウリピデス作『バッカスの信女』No.1
コロス(合唱隊)=リュディアからきたディオニュソスの信女
※バッカス(ローマ神話)=ディオニュソス(ギリシャ神話)

(テーバイ市のアクロポリス。背景はカドモス宮殿の正面。正面にセメレの塚)

バッカスの信女[1]情け容赦ない若い神の決断

新しい神ディオニュソスの怒り

ディオニュソス
我はデウスとカドモスの娘セメレの子ディオニュソス。
我が願いは、人間どもに神の神威を示すこと。それというのも、我が叔母たちが心地よげにこう言いふらしたからである。

すなわち、ディオニュソスはゼウスの子ではない。父カドモスの入れ知恵により、セメレが人間と過ちを犯し、この罪をゼウスにおわせ、その偽りによりゼウスの雷を受けて最後を遂げたのだ、と。

懲らしめに、叔母たちを狂気に陥れ、さすらいださせたのは、我がたくらみ。今は、我が祭礼の衣装をまとい、狂乱して山にいる。また、テーバイの女どもも老若を問わず、みな心狂って彼女らと一緒に山にいるのだ。
だから、母セメレの汚名をそそがんとしてテーバイにやってきたのだ。

テーバイの今の王はカドモスの孫ペンテウス。彼は人間の分際で我にさからい、供物も捧げず、祈ろうともしない。万が一、テーバイの役人どもが女たちを武力で山から追いだすならば、我が一戦を交える覚悟。だから、我は人間の姿になってきた。

さて、我がリュディアからともにきた信者たち(コロス)よ、このペンテウスの王宮の前で、鼓を高くかざし、にぎやかに打ち鳴らせ。

(ディオニュソス、退場。コロス、歌い踊りながら登場)

コロス
霊杖をふるい常春藤をかざして
いざバッカスの信女らよ
神の御子ディオニュソスをば
連れ参らせよ
プリュギアの山峡間より
道広きヘラスの国ヘ。

セメレが故国、テーパイの民よ
もろともに常春藤を挿し
バッカスに帰依しまつれ。

ゼウスとセメレゼウスとセメレの死

テーバイの祖カドモスと預言者テイレシアス

(少年に手を引かれて盲目の預言者テイレシアス、バッカスの信者の服装で登場)

テイレシアス
カドモス殿を呼び出してもらいたい。テイレシアスがお目にかかりたいと。
約束した通り、霊杖を手にし、若鹿の毛皮をまとい、頭には常春藤を挿してな。
カドモス
テイレシアス殿、よう参られた。この世を救う神として、ディオニュソスを守り立ててゆかねばならぬ。
テイレシアス
神霊の前には、人間の知恵など物の数ではありませぬ。この格好で、踊りにいくのを年齢に恥じぬのかと申す者もおりましょうが、神様は年齢で分けへだてをされることはない。
カドモス
テイレシアス殿、おぬしは目の不自由な身であるから、今日はおれが案内しよう。
さて、ペンテウスが急いで館に帰ってきた。ひどく取り乱している様子。

若きテーバイの王ペンテウスの思い上がり

(カドモスの息子エキオンの子ペンテウス王、従者を連れて登場)

ペンテウス
久しぶりにテーバイに帰ってきたら、国ではけしからぬことが起こったようだな。バッカスの祭りか。ディオニュソスという新来の神をあがめて踊り狂っているという。酒を酌み交わし、男どもの欲情をみたし、神に仕える巫女の役目と申しているそうな。まるで、愛の神アフロディテの祭りといった体たらく。

捕えた女どもはみな牢に入れたが、捕え損ねたものは山から狩り立ててやる。リュディアから一行を連れてきた怪しげな魔法使いもいるとか。黄金色の髪に香りを漂わせ、頬には薄紅、みだらな目つきでバッカスの秘儀を餌に、娘どもと交わっているそうな。この者こそ、母の噂を流している張本人にであろうディオニュソス。ゼウスと契ったと偽った母の咎により、母もろとも焼かれた後、ゼウスの腿に縫い込まれたのである、と。このような不届者は、縛り首だ。

(カドモスとテイレシアスに気づいて)

おじい様とテイレシアス、年甲斐もなくなんという格好、無分別な、見るに忍びませぬ。テイレシアスよ、これはお前の入れ知恵であろう。新しい神を持ち込んで、占いによりひと稼ぎするつもりか。老人でなければ、牢に入れるところだが。

テイレシアス、ペンテウス王を諫める

テイレシアス
いたずらに血気にまかせて勢力をふるうと、国家にとって禍いになるばかりだ。この新しい神様は、どれほど大きな力を持たれるか、我々には予測もつかぬほどじゃ。よろしいか、若殿よ。このうえなく尊いものが二つある。一つは女神デメテル様がもたらす大地の恵み。もう一つが、葡萄の実より作られた人間の苦悩を癒す飲み物。憂いを払うにはこれ以上の霊薬はない。酒は神ディオニュソスのおかげと言わなければならぬ。

ディオニュソス様は紛れもなくゼウスの御子。また、予言の神でもある。神霊に憑かれ無我の境地にいたれば、この神が人間に乗りうつられるやいなや、予言する能力を与えられるからじゃ。やがて、ギリシャ中でこの神が祀られよう。

また、操正しい女であれば、バッカスの祭りで身を汚すようなことはない。あの神とて尊ばれれば、嬉しく思われるに相違ない。神に楯つこうなどと思ってはならない。
カドモス
ペンテウスよ、テイレシアスが忠告したことはもっともなことじゃ。仮に、あの神が真実神ではなくとも、嘘も方便、セメレは神の母となり、我が家の誉れとなろう。女神アルテミスにかかわったお前の従兄弟アクタイオンの悲惨な運命を考えるが良い。
ペンテウス
ええい、汚らわしい。バッカスを崇めたくば、勝手になさるがよい。テイレシアスは許すことはできぬ。占いの場へ行って、そこにあるものはすべて打ち壊してしまえ。また、にやけた面体の魔法使いを捜し引っ立ててこい。石打の刑だ。

(ペンテウス退場)

テイレシアス
愚か者めが。自分が何を言っているかわからぬのじゃ。さあ、カドモス殿、我らは出かけて、神にお願い申そうではないか。ペンテウス王が、その名のごとく、不幸(ペントス)をお館に招くようなことがないように。これは、予言ではないのだが……

コロス
聴きたもうや
かくばかりペンテウスの述べし言葉
聴きますや
かくもセメレの御子に対し
ゆるしがたき不敬の言を。

宴の席に、艶やかな神酒
盃の廻るがままに、まどろみの人
煩いも憂いも消ゆる、みな神の功徳ぞ。

人もし口を慎まず
心なき無法の振舞いあるときは
必ず果ては禍いを招く。

バッカスの信女[2]取り憑かれた女たちの狂気と神の策謀