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パラス・アテナ像オレステスと復讐の女神エリニュス

アイスキュロス作『慈みの女神たち』No.2

アイスキュロス作【オレステイア三部作】とは
オレステイア(オレステスの物語)とは、伝説的な古代ギリシャ・ミュケナイの王アガメムノンとその妻クリュタイムネストラ、その間に生れた息子オレステスや娘エレクトラを扱った一連の物語です。『アガメムノン』『供養する女たち』『慈(いつくし)みの女神たち』の三部作のこと。

女神アテナと12人の市民裁判官の法廷の場。なんと陪審員制度の裁判でしょうか。「無慈悲の石」側に復讐の女神エリニュス、「非行の石」側にオレステスとアポロン神。神が弁護人になることなどギリシャ・ローマ神話史上初めてのことで、また最後のことです。評決は6対6に。アテネの1票がオレステスの運命を決します。その時、復讐の神エリュニュスは……。

オレステイア三部作 第3作
アイスキュロス作『慈みの女神たち』No.2
コロス(合唱隊)=復讐の女神エリニュス
オレステス=アガメムノンとクリュタイムネストラの子供

(アレス丘の法廷の場)

慈みの女神たち[2]慈みの女神たち[2]オレステスの裁判。なんと弁護人はアポロン神

アテナイでのオレステスの裁判

(アテナ女神、12人の市民裁判官を率いて登場。「無慈悲の石」側に復讐の女神エリニュス、「非行の石」側にオレステスとアポロン神)

アテナ
アポロン神よ、神のお立場なら、ご自由に判断すればよいでしょう。なにゆえ、このような裁判にかかりあうのですか。
アポロン
私は証をたてるために出てきたのだ。オレステスは私への嘆願者であり、流した血を浄めてもやった。私の託宣のため自分の母を殺したのだから。弁護の役も引き受けよう。さらば、裁判を開始してください。
アテナ
では、裁判を開廷いたします。コロスはまず、原告として事実を正しく申し立ててください。
コロス
話はごく手短にすませましょう。
(オレステスに)順を追って訊ねるので、返事をしておくれ。最初に、お前は母親を殺したかどうか。
オレステス
殺しました。否認いたしません。
コロス
これでまず先手必勝1本。で、どんなふうに殺したのかね。
オレステス
手に剣を持って、首のうしろに斬りつけました。
コロス
誰に説得されて、また、誰の謀りごとか。
オレステス
ここにいらっしゃる証人、アポロン様です。
コロス
どうして殺したのか、裁判官たちに教えておやり。
オレステス
夫でもあり、同時にまた私の父でもあるアガメムノン王を殺害したからだ。
コロス
お前はまだ生きている。だが、奥方はもう死んでいるから罪はないのだよ。

アポロン神アポロン神

血縁の殺害とそうでない殺害

オレステス
それなら、どうして夫を殺した母を、あなたたちは追い回さなかったのか。
コロス
殺した夫と奥方は、血縁ではないからだ。お前は母親に抱かれ、乳を飲ませてもらい、育てられながら、その一番大切な母親の血を認めないというのか。
オレステス
(アポロン神に向かい)どうか、証人に立って、お説き明かしを。この流した血が神意に照らして正しいことをお示しください。
アポロン
みなさんにはっきり正しきことを伝えたい。予言を伝える者として、嘘は言うまい。かつて一度ならずもオリュンポスの父神ゼウスの意図でないものは伝えたことはない。
コロス
では、ゼウスがその託宣をあなたにくださせ、そこのオレステスに命じた、というのかえ。父親の死には仕返しをし、母親はてんで大切にしなくていいって。
アポロン
いかにも。素性正しきアガメムノンがゼウスの授けたもうた王笏をとり、名誉の中で死を迎えるのと、婦女の手にかかって果てるのでは、決して同じことではない。
コロス
ゼウスは父親の方を大事にするって⁉︎ ゼウス自身が父クロノスから王権を奪ったというのに。
アポロン
母というのは、父から胤(たね)を受けて胎内で育てる者にすぎない。子をもうけるのは父親なのだ。パラス・アテナよ、オレステスを御身の社に嘆願者として送り込んだのも、彼と後継者が御身に信義を保ち、アテナイの同盟者として、末永く享受できるようにしたためである。
アテナ
では、アテナイの裁判官、由緒ある伝統の掟にのっとり、投票の石をとり判決を下すのがよかろう。

オレステスの評決

(票石を数え終わり、裁判官たち、その結果をアテナに報告する)

アテナ
白黒同数と出ましたので、掟により私の1票で決まります。私はオレステスに入れますゆえ、彼は無罪と決まりました。
オレステス
おお、パラス・アテナ様、あなたは私の家をお救いくださいました。今より後、アルゴスの君として民を率いる者は、決してこのアテナイに鉾先を向けはしないでしょう。
コロス
なんということだ。新しい神々ったら、昔からの掟をやぶり、足蹴にかけたな。こうも侮辱されたからには、この土地に毒を、嘆きのかわりに毒を吐きかけてやる。
アテナ
そう悪態をつくのは止めなさい。同じ数の判決だったのですから、あなた方の不面目にはならないはずです。私は、あなた方に充分誠意をつくして約束をいたします。あなた方に、このアテナイに立派な隠れ家、御座所をさしあげましょう。
コロス
(怒りがまだ収まっていない)ああ、こんなひどい目にあうなんて。古い掟を守る私たち神々が、この地でさげすみを受け、忌み嫌われて住んでいこうとは。

※新しい神々とは、ゼウスをはじめとするオリュンポスの12神のこと。それ以前の神々は、ゼウスの父クロノスをはじめとするティタン神族や太古の神々を指します。復讐の女神エリニュスはクロノスがウラノスを去勢したとき、その血が大地女神ガイアの上にしたたり落ち生まれました。したがって、エリニュスは古い神に入ります。

復讐の女神たちから慈みの女神たちへ

アテナ
まあ、私の予言をお聞きなさい。このアテナイは、これから先大いなる名誉を受けていきます。そして、あなた方は、エレクテウスの宮のそばに、他の国々からは決して受けることのできない御座所をもち、市民から尊崇を享受されましょう。こうした道をお勧めしているのです。
コロス
(なお不満の顔で)ああ、こんなひどい目にあうなんて!
アテナ
あなた方のためにはっきり言います。あなた方はこのアテナイで正しい権威を享受し、名誉を受けていくのです。
コロス
(少し落ち着いて)どんな名誉の役目を私たちにくださるとおっしゃるのですか?
アテナ
どんな家でも、あなた方なしでは栄えていけない、ということです。
コロス
ほんとうに、そうまでしてくださいますの、そんな大きな権限までも?
アテナ
ええ、あなたがたを敬い崇める者だけに、その幸せをさしあげてください。
コロス
では、アテナ様と一緒の住居をお受けしましょう。また、この都を侮ることもいたしませぬ。

草木をそこなう禍が
燃え立つような暑さで吹きつけ
木の芽を枯らしたりせぬよう
鞘皮から外へ萌え出るのを押しとめる
これが今いう、私たちの慈(いつくし)み

アテナ
そうした慈みを、私の国にしてくださるあなた方の、お心づくしを嬉しく思います。これで、今日の裁判を閉廷いたします。

(一同、退場)

市民たちの先達
末永くアテナイの市民は護られましょう。万事ごらんの御神ゼウスは、運命の女神たちと、こう決定されましたゆえに。

(おわり)

ネメシスネメシス

「ネメシス」は元来は「義憤(人間が神にはたらく無礼に対する神の憤りと罰の擬人化)」の意ですが、よく「復讐」と間違えられます。主に有翼の女性として表されます。アテナイではネメシスの祭、ネメセイア(Nemeseia)が行われていました。これは十分な祭祀を受けなかった死者の恨み(nemesis)が生者に対して向かわないよう、取りなすことを目的としました。(ウィキペディアより)