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アキレウスアキレウス

エウリピデス作[アウリスのイピゲネイア]No.2

女神アルテミス(ディアナ)にイピゲネイアを犠牲に捧げる!
そのために、アキレウスに嫁がすという嘘で娘イピゲネイアを呼び寄せたアガメムノン。彼は到着した娘と王妃クリュタイムネストラに会うと、気もそぞろになってしまいます。しかし、その嘘はすぐ王妃の僕(しもべ)によって発覚します。

この嘘の婚儀に自分の名が使われたことを知り、アキレウスはイピゲネイアを助けることをクリュタイムネストラに約束します。
ここに、アキレウスの総大将にも屈しないという正義感がよく現れています。後のトロイア戦争でも、巫女クリュセイスのことでアガメムノンと対峙することになります。

エウリピデス作【アウリスのイピゲネイア】No.2
コロス(合唱隊)=アウリス対岸のカルキスの女たち
イピゲネイア=ギリシャ総大将アガメムノンとクリュタイムネストラの娘

(アウリスの港)ギリシャ軍の艦隊はここに集結

アウリスのイピゲネイア[2]偽の結婚とアキレウスの奮起

アガメムノンとイピゲネイアとの父娘の対面

(クリュタイムネストラ、イピゲネイア、馬車に乗って登場)

コロス
まあ、世にも気高く仕合せな方々。
ご覧なさいまし、王女イピゲネイア様と、
テュンダレオスの娘クリュタイムネストラ様を。
栄華を知らぬ身分の者には、
裕福で位の高い方々は神々と同じ。
さあ、ご一行をお迎えしましょう。
クリュタイムネストラ
その親切なおもてなしは、幸先の良い兆しです。
娘は良い縁組に恵まれました。
海神ネレウスの身内になれますから。
そして、この幼児はオレステスです。
※アキレウスは海神ネレウスの娘テティスの息子

(アガメムノン、登場。イピゲネイアがすぐさま駆け寄り抱きつく)

クリュタイムネストラ
まあ、この娘ったら、父親が好きなこと。
イピゲネイア
お父様、やっとお会いできて、うれしいこと。
アガメムノン
それは父とて同様。
イピゲネイア
あら、それにしては、ちっとも落ち着かないご様子。涙ぐんだりして......
アガメムノン
総大将ともなれは、心配事が多いのだ。それに、長い別れが私たちにあるのだから。
イピゲネイア
何だかちっともわかりませんわ。こんなに長くアウリスの港にいらっしゃって。
アガメムノン
現在、出発を妨げているものがあるのだ。プリアモスの子パリスなど、いなければよかったのだ。
イピゲネイア
私を残して、遠いところにいらっしゃるの。
アガメムノン
お前も、父とも母とも引き離されて、独り旅をせねばならぬ。
イピゲネイア
まさか、どこか別の家へ私を住まわすってこと?
アガメムノン
何も知らないお前がうらやましい。
早く陣屋に入りなさい。苦い口づけと右の手を差し出して、父とは長いわかれの挨拶をするのだ。

(イピゲネイア、陣屋へ退場)

アガメムノン、妻クリュタイムネストラを説得

アガメムノン
妻よ、親が娘を嫁がせることはつらいことだ。
クリュタイムネストラ
私とて、祝婚歌の中を娘を連れて出るときには、同じ気持ちがすることでしょう。
ところで、お相手はどういう家柄、どんな方か詳しくお教えください。
アガメムノン
ゼウスとアイギナの子がアイアコス。アイアコスの子がペレウス。
ペレウスが海神ネレウスの娘テティスを娶り、その子が娘の花婿になる英雄アキレウスだ。彼はケンタウロスの賢者ケイロンに育てられた。
クリュタイムネストラ
まあ、なんと素晴らしい花婿でしょう! どこの街にお住まいで?
アガメムノン
プティアの郷で、アピダノス川のほとりだ。
クリュタイムネストラ
いつの日に婚礼は予定しているのですか。
アガメムノン
めでたい満月の日が来たらな。神々に捧げなければならぬ犠牲を私が捧げてから、婚礼の犠牲を捧げる。
ところで、そなたは帰って残してきた娘たちの世話をしてくれ。
クリュタイムネストラ
姫を残して、婚礼の燭火(しょっか)を持つ母親の役目は誰がすると言うのですか?
アガメムノン
私がする。兵たちがそなたが顔出しするのはよくないと言うのだ。
クリュタイムネストラ
しきたりにあいませぬ。ましてや、母親には嫁ぐ娘にしてやらねばならぬことが色々ありますから。

(クリュタイムネストラ、陣屋へ退場)

アガメムノン
ああ、無駄だったか。妻には知られたくなかった。カルカスを訪ね、神のお心を伺うことにしよう。

(アガメムノン、退場)

アキレウスの戸惑い

(アキレウス、登場)

アキレウス
アガメムノン総大将はどこにおいでか。このまま海峡のほとりにぐずぐずしていていいものか。我がミュルミドネス勢はしびれを切らしてこう言う者も出てきている。
「アキレウス殿、イリオンへ船出するのはいつのことです。このままここにいるようなら、我らを連れて帰ってください」

(クリュタイムネストラ、登場)

クリュタイムネストラ
海神ネレウスの娘ごからお生まれの方ですね。
アキレウス
おお、いかにも。気高いご婦人、あなた様は? また、なぜに男だけのギリシャ軍の中においでなさいました。
クリュタイムネストラ
私はレダの娘、アガメムノンの妻クリュタイムネストラです。女神テティスのご子息様、私の娘イピゲネイアをもらってくださると聞いております。
アキレウス
私がですか? お間違いでは? 今はじめてお聞きしました。
また、お姫様をくださいと言った覚えもありませぬ。アガメムノン殿からも結婚の話は聞いておりませんが。
クリュタイムネストラ
どういうことでしょう? では、殿に確かめます。
アキレウス
私もご主人を探しましょう。

老人(陣屋の中から)アキレウス殿、お待ちください。
そこにいらっしゃるお妃様の僕(しもべ)です。
アキレウス
なんのようで、私を引き止めた。
老人
(陣屋の中から出てくる)お二人だけですね。私は昔からお妃様の味方です、殿様より。
クリュタイムネストラ
いったい何を言うつもりなのか、はっきり言いなさい。

発覚するイピゲネイアの犠牲とアキレウスの奮起

老人
予言者カルカスが申した神託のため、軍勢を出港させるためにイピゲネイア様を、殿様自らお殺めになるご様子なのです。
クリュタイムネストラ
とんでもないことを。正気の話かえ。ヘレネを連れて帰るその代わりに、イピゲネイアを売ったのね。
老人
さようです。女神アルテミスへの生贄にするおつもりです。
クリュタイムネストラ
爺やは、どこでそれを聞いてきたのです。
老人
まだ正気だった殿様がイピゲネイア様を連れてくることをお妃様が止めるように、文を私に託したのです。
しかし、メネラオス殿に気付かれ、その文を奪われてしまいました。だから、メネラオス殿が悪いのでございます。
クリュタイムネストラ
アキレウス殿、お聞きになりましたか。あなたの嫁にと偽って。
アキレウス
まったくお気の毒な。私もご主人様をお咎めいたします。
クリュタイムネストラ
あなた様の花嫁にと連れてまいったもの。それが今、犠牲の祭壇へと引かれていくことになしました。
お願いです。あなたの名が私どもを破滅に陥れたとすれば、どうかお助けくださいませ。母上のテティス女神の名にかけても。
ここでは、他に頼るものがない私と娘。
アキレウス
お守りいたしましょう。知らなかったといえ、花婿です、姫を殺させませぬ。
予言者とは、そもそもなんです。真は少なく、嘘が多く、当たろうが当たるまいが、いずれはそれきりのもの。
アガメムノン殿は私の名を借りたければ、相談なさればよかったのです。
クリュタイムネストラ
なんと言ってお礼を申せばよいやら。いずれあなた様の婚儀に、娘の死が何か悪い兆しになっては大変。ご用心がいりましょう。
お差し支えなければ、娘からもお願いさせましょう。
アキレウス
それには及びませぬ。あらぬ悪口を受けてはなりませぬ。姫は必ずお助けしましょう。
その前に、一度アガメムノン殿に止めるようお頼みください。それがだめなら、私のところへ姫共々おいでください。私が適当な場所で見守っております。
クリュタイムネストラ
そういたしましょう。どうかお導きを。

(アキレウスとクリュタイムネストラ、別々に退場)

コロス
ネレウスの娘テティスよ、御身はやがて
偉大なる英雄を生むであろうと
ケンタウロス の賢いケイロンが予言した。
彼こそアキレウス、やがて
ヘパイストスの黄金の武具を身にまとい
槍と楯もつミュルミドンらをひき連れて
名にしおうプリアモスが国トロイアを
襲い、焼き滅ぼそう。