〈アンティゴネ〉
『テーバイ攻めの7将』でアンティゴネとイスメネの兄ポリュネイケスとエテオクレスは、互いに刺し違えて死にました。王座には、母方の叔父クレオンが即位。兄弟二人の葬式に関して布告を出します。
町を護って戦ったエテオクレスはねんごろに弔われます。しかし、攻めてきたポリュネイケスは野ざらしにして鳥獣の餌にし、これを弔う者は死刑に処すことになります。しかし、アンティゴネは布告にポリュネイケスを弔うことを決意し、新たな苦難がはじます。
アンティゴネ[1]
ソポクレス作『アンティゴネ』No.1
コロス(合唱隊)=テーバイの長老たち
オイディプスの息子=兄ポリュネイケス(アルゴス勢)/弟エテオクレス(元テーバイ王)
(テーバイ城内の王宮前の広場)
アンティゴネ、叔父の新王クレオンへの反逆
※テーバイに攻め寄せたアルゴス勢が去った次の日の夜明け前。
(アンティゴネとイスメネ、登場)
アンティゴネ
私たちの兄二人が死んでしまったことで、叔父のクレオンが王が何やら布告を出しました。イスメネ、あなたは何かご存じ。
イスメネ
お姉様、兄二人は死んでしまい、敵のアルゴス勢が昨夜逃げ帰ったことしか、私にはわかりません。
アンティゴネ
よく、わかっている。それで、あなたにだけに聞かせようと思い、呼び出したの。
イスメネ
何かよくないことを、考えているのね。
アンティゴネ
布告では、エテオクレスはちゃんと弔われるけど、ポリュネイケスの亡骸は葬ってはならない、また悼んでもいけないと。布告は、きっと私に向けているのだわ。イスメネ、亡骸を葬ることを手伝ってくれるつもりはない?
イスメネ
クレオンが禁じているのに、危ない仕事だわ。どんなことになるか考えなければいけない。それに、私たちは女。男の人と争いあうよう生まれついていない。私としては、ポリュネイケスには容赦を願って、余計なことはしたくない。
アンティゴネ
ポリュネイケスを葬うことで、私は死ねるなら本望よ。私はこれから行くから。
イスメネ
心配です。誰にも知られなければいいのですが……。
(アンティゴネとイスメネ、別々に退場)
コロス、テーバイの勝利を祝う
(コロス登場)
コロス
ゼウスは、特に大言壮語する人の
増上慢をことのほか憎しみなさる。
おびただしい流れをなしてその者どもが
出かけて来るのをみそなわし
門の上に上がり、勝どきをあげようと意気込む者へと
電撃を投げつけられた。
他の者らも、軍神アレスが片づけられた。
七つの門にそれぞれ向った七人の将の勝利を祝う。
ただ痛ましい二人以外は。
同じ父、同じ母から生まれていながら、
二本の槍を互いの身に受け、最期を遂げる運命であった。
コロスの長
ほれ、王宮からクレオン王がお出ましになったぞ。
クレオンの布告と要請
(クレオン王、王宮の扉から登場)
クレオン
市民の安寧に禍いがふりかかろうとするのを見たら、けっして黙っておくまい。また国の敵を自分の味方に数えもすまい。私は、このようにわが国の栄えを考えていこうと思う。されば、市民たちにオイディプスの子息につき、布告を回した次第なのだ。
エテオクレスはこの国を護って戦い、討ち死された方であるがゆえ、最高の死者を送るにふさわしいあらゆる儀式を執り行なおう。一方、ポリュネイケスは亡命から立ち戻った身で、国と神の社に火を放ったうえ、市民を奴隷として連れ去ろうとした。それゆえ彼に対しては、墓に葬ってはならぬと命を下した。さらば、その身を鷲鳥や野犬に食らわせ、見せしめに恥をかかせるつもりだ。
コロスの長
この国に敵意を抱いて来た者と、好意を抱く者とに対して、そのように処置なされると。
クレオン
されば、布告をとり行なう見張人になってもらいたい。
コロスの長
いや、我ら年寄りより、もっと若い者にお命じください。
クレオン
死人の番をする者どもは、もうちゃんと決まっている。
コロスの長
では、私らに何をお命じなさろうと。
クレオン
この命令にさからう者の肩を持たぬようにというのだ。
コロスの長
死刑をわざわざ求めるほど、愚かな者はおりますまい。
クレオン
いかにも。だが、金儲けへの欲は昔から絶えず、人を欲に誘い込み身を滅ぼすというではないか。
布告に逆らった事件の番人の報告
〈ポリュネイケスを弔う者〉
(番人、左手より登場)
番人
王様、ご報告を申し上げます。実を言うと、この事件を報告したほうがよいやら。報告すれば、私が犯人と疑われはしないかと、それが気がかりでして。
クレオン
なんだ、お前を悩ませているその事件とは。
番人
けっして、私がやったのではなく、また誰がやったか、犯人も見ておりません。何か、罰でも受けるようでしたら、それはご容赦お願いします。
クレオン
早く申せ。なにか事件が起きたのだな。
番人
はい、恐ろしいことなんで。
クレオン
さっさと申して、立ち去れ。
番人
ポリュネイケスの亡骸に、誰かが砂をかけて、葬いをしでかした者がいます。
クレオン
誰だ、そんな真似をした不届き者は。
番人
昼間の番人が、気づいたんです。それで、互いに誰がやったのか? 誰それが一味ではないのか? 言い争いが始まりました。それで、殴り合いになりそうでした。どうにも解決できそうもなくなって、とにかく王様にご報告するのが一番となりました。しかし、今度は誰が報告に行くのか、ともめまして。クジで、わしの役目となった次第です。
コロス
王様、これは神がなされた仕業ではないでしょうか。
クレオン
黙れ! 年寄りがわきまえもなく、ポリュネイケスの死骸に対して、神々が配慮をされたなどと申すでない。つまりは、ずっと前からこの布告に不満をいだく者があったということだ。その連中は、金欲しさに心を動かされたのだ。人の世の習い、金ほど人に禍いをなすものはない。また、金が人間のまともな心を迷いに導き、恥ずべき所業につかせるのだ。
だが、金を貰って、こうした所業をやりおおせた連中とて、やがてはその報いを受けることになるのだ。
(番人に)誓ってお前に言い聞かせるが、その埋葬を執り行なった犯人を見つけ出して、引っ立ててまいれ。でないと、お前が罰を受けることになるぞ。わかったか。
(クレオン、退場)
番人
ええ、ええ、何としても見つけてやりますんで。
(番人、退場)