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このギリシャ・ローマ神話3つのポイント
  1. ピュグマリオンの娘パポスの息子キニュラス王とその娘ミュラの憂い
  2. 父親への禁じられた恋に悩むミュラは自殺を決意
  3. ミュラの罪な恋をかなえようと決意する乳母
    ※神の名前は、ローマ神話名(ギリシャ神話名)です。

キニュラス王の娘ミュラの憂い

没薬の樹木(ミルラ)に変身した王女の近親相姦のお話。その王女の名はミュラといいます。彼女には、多くの若者たちが妻にと望んでいました。その中の1人を選べば、本人も家族も幸せな人生だったのですが……

父に寄せる彼女のこの愛は、憎しみにまさる罪悪だ。オウィディウスは、そう書いています。

没薬とその樹木(ミルラ)没薬とその樹木(ミルラ)

ミュラの独り言。
「わたしの心はどこに向かおうとするのか? わたしはなにを考えているのか? でも、これが本当に罪なのかしら?『自然の情』は、このような愛を非とはしていない。獣たちは、父と娘のへだたりなく交わっている。鳥だってそうだ。みんな幸せに!

なのに、人間の掟だけが、それを許さない。いえ、ある人種は父と娘、母と息子が情を深めているそうだ。ああ、わたしはそんな人種に生まれたかった。

ああ、禁じられた望みよ、去っておしまい。この罪を逃れられるなら、祖国を捨ててもいい。でも、わたしの情熱がそうはさせない。おまえは母親の恋敵になり、父親の情婦になろうというのか! 黒い蛇の髪をした『復讐の女神』が目の前に迫ってくる。

でも、わたしが望んでも、父は立派な人だから『道』を外しはしないだろう……」

そんな娘ミュラに、父キュニラスは多くの求婚者の名をあげて、「誰を婿に選ぶか?」問います。ミュラの目からは、涙が流れます。父は涙をふいてやり、優しく口づけします。娘は内気だから、怖気づいているのだと思いつつ……。

「どんな夫が望みなのか?」
「お父様のような人」
「いつまでも、そのように親孝行であれば、父もうれしい」
ミュラは罪の意識から、顔をふせます。真夜中になると、絶望と欲望のあいだで悩み、死のうという気になっていました。

父親への禁じられた恋に悩むミュラは自殺を決意

寝床から起きあがるミュラ。帯を天井の横木にむすび、首をくくろうとします。
「さようなら、キニュラス! なぜわたしが死ぬのか、知ってほしい」

部屋の入り口で番をしていた忠実な乳母は、この言葉を耳にしました。乳母は部屋に入ると、帯を首にかけているミュラを見ると大声をあげました。

ミュラの首から帯をはずし、泣き出す乳母。そして、彼女を抱きしめると、理由を聞きます。ミュラは、なにも答えません。

乳母はしなびた乳房をだすと、と願います。
「お嬢さまが小さいころ、お乳を差しあげました。この乳にかけて、なぜ死のうとなさるのか? お話しください。わたしに手助けさせてください。うつ病なら薬草で、誰かの呪いならお祓いできます。神の怒りならば、供儀によってなだめましょう」

さらに乳母は付け加えます。「お家も順調ですし、お母上も、お父上も元気に過ごされています」

「お父上」という言葉を聞くと、ミュラは涙を流しながらため息をつきます。乳母は彼女を膝の上にのせ、話しかけます。
「恋をしていらっしゃいますのね。わたしがお役に立ちます。お父様にはわかりっこありませんもの」

ミュラは乳母の膝から立ちあがると、寝台に顔をうずめて言いました。「あっちへ行って。わたしの哀れな恥を問わないで。わたしの悩み、大それた罪を聞かないで!」

ミュラの乳母の決意

「ミュラ様、思い悩まれていることをお教えください。お力になります。でないと、死のうとなさったことをご両親にお話ししますよ」

ミュラはあふれ出る涙で乳母の胸をぐっしょりぬらすと、何度もためらった後こう口にしました。
「お母様は、なんて幸せなことでしょう。あんな夫がおありだもの」

乳母にはミュラの悩みがわかると、からだの奥に恐ろしさが走りました。白髪はさか立ちました。こんな恐ろしい恋など、聞かねば良かった、と後悔もしました。この恋に死のうとまでしているミュラ。

「死んではなりません。約束します、きっと結ばれなさいます!(お父様と……)」さすがに(お父様と……)とは、乳母には言えません。乳母は心の中で、この約束を守ることを神に誓ったのです。