〈夫アガメムノンの殺害を躊躇するクリュタイムネストラ〉
アイスキュロス作【オレステイア三部作】とは
『アガメムノン』『供養する女たち』『慈みの女神たち』の三部作のこと。
オレステイア(オレステスの物語)とは、伝説的な古代ギリシャ・ミュケナイの王アガメムノンとその妻クリュタイムネストラ、その間に生れた息子オレステスや娘エレクトラを扱った一連の物語です。
ついに、アガメムノンが殺害されます。奴隷として連れてこられたトロイアの王女カッサンドラも一緒に殺されます。クリュタイムネストラとアイギストスのアルゴス支配がこれからはじまります。彼らに復讐するアガメムノンの子オレステスは今はどこにいるのでしょうか。
アガメムノン[3]妻と情夫アイギストスに殺害される
オレステイア三部作 第1作
アイスキュロス作『アガメムノン』No.3
コロス(合唱隊)=アルゴス市の長老たち
(夜更けのアガメムノン宮殿前)
アガメムノンの殺害
(王宮の中から)
アガメムノン
ううむ、切りつけおったな、急所を深く......。
コロス
静かに。誰か手傷を受けたと叫んでいる。
アガメムノン
ううむ、またもやられた、二度までひどく。
コロスの長
殿のあの叫びでは、企みが果たされたらしいぞ。どうしたものか皆の衆、思案を。
コロス(皆不安を口にする)
誰か殺害を触れ回ったらどうか
中に入って、証拠をおさえよう
これから奥方は圧政をしくつもりだ
圧政よりは死んだ方がまし
文句を言っても殿は生き返らぬ
いや、とても我慢がならぬ
(門が開き、クリュタイムネストラ登場、足元には血に染まったアガメムノンとカッサンドラが倒れている)
コロス
奥方はなんという酷いことを。国から追われましょうぞ。
〈アガメムノンの殺害〉
クリュタイムネストラとアイギストスの弁明
クリュタイムネストラ
私は分かる人々だけに話します。トロイアへ出征する時、アウリスの港で娘イーピゲネイアを、この私の腹を痛めた可愛い子が生け贄に捧げられたとき、この人こそ、追放されるはずだったのではないか、神への冒瀆の償いとして。
娘のための正義にかけても、愚行を戒めるアーテー女神と復讐の女神らにかけて、私はこの人を生け贄として殺したのです。また、何人もこの王宮へは足を踏み入れさせません。そして、新たな主アイギストス様が竃(かまど)の火をおともしなさいます。
(アイギストス、手下を従えて登場)
アイギストス
ああ、正義をもたらす今日、ありがたい光明よ。とうとう、アガメムノンの父アトレウスが、私の父チュエステスを追放した後に、和解と偽り、二人の子の肉切れを食べさせたあの企みが償われたのだ。あの時三人目の子であり産着にくるまれた私をも追放した償いなのだ。されば、私は正義によるこの男の抹殺の計画者なのだ。
コロス
アイギストス殿、不幸のさなかで驕るというのはよくないこと。自らすすんで、この方を殺したと言われるのか。いずれ裁きを受け、市民の呪いを受け、刑を受けるはめになろう。
アイギストス
お前らは、船をこぐ舟子たち、下の段についていながら、上座にいて船を支配する者にむかい、そのようなことを言うのか、老人の身で。
コロス
それなら、あなたはこのアルゴスの僭主になろうというのか。アガメムノンの子オレステス様がこの国に帰ってこられ、奥方共々おぬしを殺してくださるように。
アイギストス
そのようなことを言ったりするなら、目にものを見せてやろう。よいか、仲間の者ども、刀を構えよ。死も厭うまいぞ。
コロス
こちらも一身の死を持って、刀を構えようぞ。
アイギストスとクリュタイムネストラの統治が始まる
(クリュタイムネストラ、両陣営の間に入り)
クリュタイムネストラ
ねえ、愛しい方、お止めください。双方、たくさんの犠牲者が出てしまいます。さあ、長老の方々、お帰りなさいませ、ひどい目にあわないうちに。
アイギストス
正しい分別を失い、支配者に侮辱をくわえるものではないか。
コロス
このアルゴスには、悪人に尾を振るようなものは一人もいないぞ。
アイギストス
後日、おまえら皆、思い知らせてくれようぞ。
コロス
せいぜい威張りちらすがいいぞ、雌鳥のそばの雄鶏みたいに。
クリュタイムネストラ
(アイギストスに)あんな役立たずな遠吠えを気にかけてはいけませぬ。今は、私と愛しいあなたが王宮の主、アルゴスの領主として統治すればよいのですから。
(おわり)『供養する女たち』へと物語はつづきます