- トラキアの女たち「あすこに、わたしたち女性の侮辱者がいる!」
- オルペウスの死——口は死してなお歌い、その竪琴は響く。
- 冥界のオルペウスとエウリュディケ。罰っせられるトラキアの女たち
※神の名前は、ローマ神話名(ギリシャ神話名)です。
「女性の侮辱者がいる!」
オルペウスが冥界から戻ってきてから3年が過ぎました。今でも彼が歌うと、森の動物や妖精ばかりではなく、木々や岩までも彼の歌に酔いしれます。
また、彼を恋する女性は、たくさんいました。しかし、彼はもう恋をしないと決めたのか、まだエウリュディケを忘れられないのか、どんな女性をも近づけません。
そんなある日、トラキアの女たちが彼を見つけたのです。
その中の1人が叫びました。「ほら、あすこに、わたしたち女性の侮辱者がいる」。彼女は持っていた常春藤(きずた)の神杖を、オルペウスに投げつけました。
他の女たちも石を投げましたが、石はオルペウスの歌と竪琴の心地よい響きに地面に落ちてしまいました。
すると、トラキアの女たちは怒り狂って、騒音のような叫び声をあげ始めたのです。
オルペウスの死
もはや、オルペウスの歌と竪琴の音は、かき消えてしまいます。すると、石や常春藤(きずた)の神杖は彼のまわりの聴衆——鳥や獣たちを襲いました。
近くにいた農夫たちは女たちを恐れ、逃げ出しました。彼女たちは農夫の道具——クワやスキ、ツルハシを手にすると、オルペウスに襲いかかります。
こうして、オルペウスの体はバラバラにされてしまったのです。どの部分がどこにあるかはもはやわかりません。だが、彼の頭と竪琴は、へブロス河に落ちて流れていきました。
不思議なことに、オルペウスの口は死してなお歌い、その竪琴は悲しげな響きを奏でていたといいます。
死せるオルペウスの頭と竪琴
冥界のオルペウスとエウリュディケ
オルペウスの霊は、冥界におりていきました。そこで、なんとエウリュディケと再会できたのです。
こうして、いまでは2人は幸せに暮らしています。散歩するときは、前に行ったり、後ろになったりもします。しかし、オルペウスはもう振り返る恐怖を味わうことはありません。
冥界のオルペウスとエウリュディケ
ところで、オルペウスを殺したトラキュアの女たちですが、バッカス(ディオニュソス)神が許すはずがありません。なぜなら、オルペウスはバッカスの祭儀を歌と竪琴で讃えていたからです。
バッカスはトラキアの女たちを見つけると、彼女たちすべてを縛りつけました。足の指を伸ばせるだけ伸ばして、地中に埋めます。
女たちは動けなくなると、なんとか逃げようともがきました。しかし、地中の足から木の皮が包み込むようにが迫り上がってきたのです。ふくらはぎ、ひざ、もも、からだ、最後は頭を覆っていきます。
なんということでしょうか。トラキアの女たちは、木の皮に覆われたのではなく、樹木に変身してしまったのです。