- 酒神バッカス(ディオニュソス)の鉄槌、船乗りをイルカに変身させます。
- ペンテウス王は、みずからバッカスの秘儀が行われているキタイロン山に偵察に。
- 二人の叔母アウトノエとイノはペンテウス王の両腕をひきちぎり、母アガウエは首を引き抜きます。
※神の名前は、ローマ神話名(ギリシャ神話名)です。
バッカス、船乗りをイルカに変える
アコイテスは、ペンテウス王に語ります。
「船が動かなくなると、船乗りのからだが黒ずんできたかと思うと鱗が生じ、その背骨が曲がり始めました。口は大きく裂け、鼻が鉤なりに曲がり、伸ばした手は短くなりヒレのようになりました。両足はくっつき尾となり、その先は半月状になったのです。
このように、船乗りはみんなイルカに変身したのです。かれらは海に飛び込むと、水面からしぶきをあげて飛び上がり、また水面下に潜ります。
わたしは怖くなり、ぶるぶる震えていました。すると、バッカス(ディオニュソス)様がこうおっしゃってくれました。『怖がることはないよ。ナクソス島へ向かうのだ』と。
わたしはナクソス島で降りると、そのまま神様の祭儀に加わり、帰依することになったのです」
アコイテスの脱獄
「ずいぶんと長たらしい話だな」とペンテウス王。「長引けば長引くほど、怒りはしずまると思ったかな。ものども、こやつを牢屋にひったてろ。恐ろしい拷問で痛めつけてから、冥府に送ってやるのだ」
手を鎖で縛られたアコイテスは、厳重な牢に閉じ込められました。
ペンテウス王の家来が拷問の準備をはじめている間に、不思議なことに牢の扉は自然にあいて、鎖もほとけ、アコイテスはいつの間にか逃げていました。
ペンテウス王の最後
叔母アウトノエとイノに腕を引きちぎられるペンテウス王
アコイテスの不思議なことがあっても、ペンテウス王は頑なままでした。とうとう、王はバッカス(ディオニュソス)の秘儀が行われているキタイロン山に行くことにしました。
秘儀が行われているのは、森の木々に囲まれた野原でした。ペンテウス王は何も隠れるものがない場所にいたのですから、すぐ見つかってしまいました。見つけたのは、王の母アガウエでした。
「ねえ、妹たち。あすこに大猪がいる。わたしたちの手でしとめねば」
その声に狂ったバッカスの信女たちは、いっせいに1人だけのペンテウス王に殺到しました。さすがに王も震え出しました。襲ってきた信女たちの中に叔母アウトノエを見つけると「叔母うえ、お助けを! あなたの息子アクタイオン※の霊魂に免じて」
しかし、アウトノエはペンテウス王の右腕をもぎとりました。すると、もう一人の叔母イノが左腕をちぎりとったのです。王は両腕のない体で正面にいた母アガウエに助けを求めました。「母上、ごらんください!」
しかし、母アガウエはうなり声をあげると息子に飛びかかり、首を引き抜いたのです。
母は血がしたたる首を持ち上げると、さけびました。「ねえ、みんな、この勝利はわれらの手で勝ちえたのよ!」。さらに、信女たちは王に襲いかかると、王の体をバラバラにしました。
このようなことがあったので、テーバイの女たちはみんなバッカスに帰依し、新しい祭儀を受け入れました。こうして、酒神バッカスは母セメレの故郷に凱旋を果たしたのです。
※アクタイオンは、女神ディアナ(アルテミス)に鹿に変身させられ狩られて死にました。→鹿に変身したアクタイオン