- 「なぜ、ナルキッソスは、男性に恋したのか? 古代ギリシャでは、若者(男)が同じ若者(男)に恋することはふつうだったのです。
- 邪険にされた若者が復讐の女神に訴えて、水鏡に映った若者(自分)に恋するナルキッソス
- 16年前の「自らを知らないでいればな」の予言が当たったナルキッソスの死とスイセンの花
※神の名前は、ローマ神話名(ギリシャ神話名)です。
「ナルキッソスはなぜ自分に恋したのか?」と言う前に、「なぜ、彼は男性に恋したのか?」とは思いませんでしたか? 今の時代では「LGBT(性的少数者)」はよく知られるようになりましたが。古代ギリシャ・ローマ時代では、同性を愛するのは普通だったのです。
LGBT=レズビアン、ゲイ、両性愛、トランスジェンダー
ナルキッソス、復讐の女神に訴えられる
ナルキッソスはエコーだけでなく、多くのニンフや若者を冷たくあしらっていました。
その中の1人の若者が、復讐の女神に願いました「ナルキッソスも恋をし、その相手から嫌われますように」と。女神はその願いを受け入れました。
森の中に清らかな泉がありました。泉の表面は、まるで鏡のようでした。ナルキッソスは狩の後、喉の渇きとほてった体を冷やそうとその泉にやってきました。
水を手ですくおうと泉をのぞき見たナルキッソス。泉の表面にいた少年—まるで若きアポロン神のような美少年に身動きが取れなくなりました。それが自分自身だと気づかずに。彼の若い運命が決まった瞬間でした。
ナルキッソスが水の少年を見つめると彼も見つめ、微笑むと彼も微笑みます。「好きだ!」と言うと、彼も『好きだ!』と口を動かします、声には聞こえませんが。しかし、抱きつこうと手を水に入れると、少年は去ってしまいます。しかし、すぐに戻ってきます。
このようなやりとりが長く続き、ナルキッソスはいつしか食事も取らず、眠らず、泉のそばにとどまっています。
ナルキッソス、自分に恋こがれる
エコーとナルキッソス
ナルキッソスは、水鏡に写っている「自分に恋している」ことを知らずに、死んだのではありません。知っていたのです。それでも、自分に恋していました。その辺の微妙な感情が「あらすじ」だけでは伝わりませんので、『変身物語』から抜粋してみます。
「わたしには、恋しい若者がいて、彼を見てもいる。だが、この目で見てる恋の相手が、いざとなると見当らないのだ。それほどまでの迷妄が、恋するこの身にとついている。なおさら悲しいことには、わたしたちをへだてているのは、大海でもなく、遠い道のりでもなく、山でもない。門を閉ざした城壁でもないのだ。ただ、わずかばかりの水にすぎない!
(中略)
やさしげなおまえの顔が、何かしら希望を与えてくれる。おまえに腕をさしのべると、そちらからも腕をのばして来る。笑えば、笑いが返って来る。こちらが涙すれば、おまえのほうでも泣いている。
それにも、しばしば気づいているのだ。うなずきにも、うなずきで答えてくれる。美しい口もとの動きから察するかぎり、言葉を返してくれてもいる。ただ、それがこちらの耳にとどかないだけだ!」
「わかった! それはわたしだったのだ。やっと今になって、わかった! わたし自身の姿に、もうだまされはしないぞ! みずからに恋い焦がれて、燃えていたのだ。炎をたきつけておいて、その炎をみずからが背負いこんでいる。どうしたらよいのか? 求められるべきか、求めるべきか? 何を、いまさら、求めようというのか?
わたしが望んでいるものは、わたしのなかにある。豊かすぎるわたしの美貌が、そのわたしに、貧しい身であるかのようにそれを求めさせた。ああ、このわたしのからだから抜け出せたなら! 愛する者としては奇妙な願いだが、わたしの愛するものがわたしから離れていたら!
悲しみのあまりに、もう、力は尽きて行く。余命は、いくばくもない。うら若い身で、滅んで行くのだ。が、死も恐ろしくはない。それによって悲しみを捨てさることができるからだ。愛するあの若者には、できることなら、もっと長生きをしてほしい。だが、今は、ふたりが仲よく、同時に死を迎えるのだ」
こういって、狂乱状態で、あのいつもの映像に向きなおると、涙で水をかき乱した。水面がゆれ動いて、姿がぼやけた。それが消えようとするのを見ると、こう叫んだ。
「どこへ逃げて行くのだ? とどまってほしい! 無情な少年よ、恋するこの身を捨てないでくれ! 手には触れられなくても、見つめるだけでよいのだ。みじめなこの狂恋に、せめてそれだけの情を!」
ナルキッソスの死とエコーとスイセンの花
あわれなナルキッソスが「ああ!」と嘆くと、エコーも「ああ!」と返します。
「ああ、虚しい恋の相手だった少年よ」
「少年よ」
「さようなら!」
「さようなら!」
ナルキッソスは頭を地面の青草の上にたらすと、その命は閉じました。彼の姉妹が葬儀の準備をしていると、彼の肉体は消えていました。そこに残っていたのは、一輪のスイセンの花でした。
ナルキッソスは冥界に行っても、冥界の河にうつる自分を見つめていると言われています。