※本ページにはプロモーションが含まれています。

若き日のイアソンとメデイアモロー若き日のイアソンとメデイア

エウリピデス作『メデイア』No.1

ギリシャ神話で「魔女」といえば、キルケとメデイアです。キルケは、『オデュッセイア』に登場する魔女で、オデュッセウスの部下を豚に変えますが、オデュッセウスに負けると意外に従順になて、彼を受け入れます。

一方、メデイアは自分の利害のためなら、魔法や薬草の力で殺人も平気で犯します。自分本位で周りが見えない、あるいは気にしない魔女です。そんなメデイアが夫であるイアソンに裏切られます。その時、魔女メデイアは何をするでしょうか?

まずは『アルゴー船の大冒険』を知っておこう。

イアソンは母の故郷で成人して、父王の国イオルコスにやってきました。その時王権を握っていたのが叔父ペリアス。彼はイアソンを亡き者にしようと、遥か遠く黒海の東の沿岸コルキスにある金羊毛をとりにイアソンをいかせます。それが、アルゴー船の遠征です。

数々の難をクリアーしてコルキスにやってきたイアソン。彼を見た王女メデイアは一目惚れします。金羊毛を渡したくない王はイアソンに無理難題を突きつけます。父王に背いてまでも、イアソンを助けるメデイア。

とうとう金羊毛を奪ったイアソンはメデイアを連れて、アルゴー船で逃げます。その時メデイアの弟も一緒でした。追ってきた父とコルキス船団。メデイアはなんと弟を切り刻み海に捨てました。父とコルキス船団が、そのバラバラの遺体を集めます。そのすきに、アルゴー船は首尾よく逃げられたのです。

また、イオルコスに帰ってきたイアソン。王権をイアソンに返さない叔父ペリアス。その叔父を殺したのもメデイアでした。やがて彼女の魔力を恐れた市民は、イアソンとメデイアをイオルコスから追放したのです。そして、イアソンたちはコリントスにやってきて暮らしていたですが……。

エウリピデス作『メデイア』No.1
コロス(合唱隊)=コリントスの女たち

(コリントスのメデイアの館の前)

メデイア[1]『アルゴー船の遠征』のイアソンの裏切り

嘆くメデイア

(メデイアの乳母が一人佇んでいます)

乳母
いっそこうなるとわかっていたなら、『アルゴー船の遠征』などなければよかったのです。そうすれば、メデイア奥様はイアソン様と知り合わなかったのに。
イアソン様の故郷イオルコスを離れて、この地コリントスで奥様は親子4人で慎ましやかに暮らしていたのに。イアソン様の仕打ち、クレオン王の姫君とご結婚なさろうとはあまりにひどい。そのため、奥様はふさぎこんで泣き叫び、食事もなさらない。

何かよからぬことになりはせぬか、と気がかりでならぬ。奥様は激しいご気性、このままこらえるようなお人柄ではない。自殺、いやいやクレオン王とイアソン様を殺してしまうかもしれぬ。おや、あそこに何も知らないお子様が帰ってこられた。
守役
これは婆やどの、愚痴をこぼしておいでとは。まだ、新しいご不幸をご存じないらしい......。
(そのまま館の中に入ろうとする)
乳母
何事が......、爺やどの、話してください。
守役
なんでも小耳に挟んだことなのだが、クレオン王が奥様とお子様をこのコリントスから追放なさると決めたとか。
乳母
そんな目に、お子様たちが。いくら奥様と仲が悪くなったとしても、イアソン様は平気なのですか。
守役
古い関係は、新しい関係には勝てぬ。もはや、イアソン様の心はこちらに情けをかけられぬ。ともかく、奥様には内緒にしておいたほうが良いだろう。
乳母
奥様のお怒りは、とても静まりません、誰かの上に落ちるまでは。だから、爺やは気が立っている奥様のそばへ、けっしてお子様たちを近づけないように。お子様を見る奥様の目が、恐ろしい光を放っていましたから。

(館の中から、メデイアの声が聞こえてくる)

メデイア
あわれな身よ、この苦しみ。いっそ死んでしまいたい......。
おお、呪わしい子供らよ、呪うべき母の子よ。滅んで果てよ、父親と、家もろともに。
乳母
ああ、お子達が怖い目に合わないか、それだけが気にかかる。
メデイア
おお、父上よ、故郷よ、わが弟を無残にも手にかけ、家を出たこの身......。

(心配しているコロス、乳母より事情を教えてもらう。メデイア、館の中から出てくる)

メデイアの思惑

メデイア
みなさま、思いがけないことが起きて、精根も尽き果ててしまいました。生きていてもまるで味気なく、死にたいと思うばかり。一番近しいと思っていた夫が、世にも酷い人間だとわかったのです。惨めな女というものは、良い男を選ぶか、悪い男にぶつかるか、それが運命の分かれ道になるのです。

故郷を離れ、このコリントスでは独りぼっちの私、みなさんにお願いがあります。もし、夫にこの罪の償いをさせる方法が見つかったなら、どうか黙っていてほしいのです。
コロス
わかりました。けっして口外はいたしません。そんな酷い仕打ちをなさるご主人を懲らしめるのは当然ですもの。あら、ご領主のクレオン様がやってこられます。

コリントスのクレオン王、メデイア親子を追放

(コリントスのクレオン王、従者を連れて登場)

クレオン
おお、メデイア、そなたにわしは国外への立ち退きを申しつける。二人の子供も連れて行くのだ。猶予はならぬ。わしは、そなたが国境を出るまで見届けるつもりだ。
メデイア
どういうわけで、私と子供が追放になるのでしょうか。
クレオン
心配なのだ。そなたがわし娘に何か禍いをしでかすのではないかとな。そなたが魔女としてしてきたことはイアソンから聞いておる。慈悲を起こして後で後悔するより、今憎まれた方がましだからな。
メデイア
私が魔女として、そんなに賢いとお思いでしょうか。今までの私のことはみな買いかぶりか、扱いにくい女としての評判です。いくらなんでも、ご領主様に何か悪いことをすることはありません。ご領主様は私の夫にお姫様をさしあげただけでしょうけど、はっきり言って夫は憎いと思っています。
クレオン
これは、思っていたよりおとなしい言い分。カッとなって怒ってくれる方が用心しやすい。心の中では恐ろしいことを考えているに違いない。さあ、今すぐ出て行くのだ。

メデイアの時間稼ぎ

メデイア
(クレオンの膝にしがみついて)お願いです。この通り、どうしても出て行けというのなら、1日だけ、1日だけ猶予をお願いします。まだ、何も考えられず、何をどうしたらよいかわかりません。子供達のためにもお願いします。
クレオン
わしの心は支配者向きにできてはおらぬ。いらぬ情けをかけて、しくじったことも度々。今も下手をしそうだが、その願いは聞いてやろう。いいか、明日の日が出た時、そなたと子供たちが国境のこちらにいたら死罪だぞ。どうせ、1日だけでは恐ろしいこともできないだろうからな。

(クレオン、退場)

メデイア
胸に思うことがなかったら、クレオン王のご機嫌をとったりなどするものか。この1日に3人(メデイアと子供2人)の仇、クレオン王と娘、夫イアソンを亡き者にしてやろう。ただ、どんな復讐をするか、迷ってしまう。
その後、私はどこに身を寄せればいいか、考えなくては。そして、今こそ勇気を出す時なのだ。

メデイア[2]魔女のおそるべき復讐の計略